報告4:天使の塵が降る日 ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・  一人でブランコを漕ぐ少年の影法師が、わずかに草の生えた大地に長くのびる。 「あれ、あのこ何してるんだ?」少年は人影が少なくなりつつある公園の砂場で、ただ一人、遊び続けている少女を発見した。 『ほら、さやかちゃん。お家に帰りますよ』 『は〜い!』  もう日は沈み始めていて、公園で遊んでいた子どもたちを、その親たちが迎えに来ていた。そんな中、その少女はずっと一人で懸命に砂の山を作り続けている。少年はそんな彼女の姿が気になり、ブランコから飛び下りると彼女のもとへ駆け寄った。 「ねえ、何で一人であそんでるの?おかあさんは、まだむかえにこないの?」少年は少女の姿をじっくりと見つめた。彼女は肩ぐらいまでのショートカットをしており、その髪の毛はくせを帯びていて毛先が元気に跳ね上がっている。 「うん。だって、おかあさんなんて、いないもん」少女は若干ぎこちない口調で少年に答えた。彼女から見た少年の姿は、夕日による逆光で、どことなく懐かしく、そして不思議に見えた。 「そっか、わるいこと聞いちゃった。で、この山にトンネルをほるの?」少年は、まだ自分の母親がむかえに来ていない事を確認すると、少女の前にしゃがみ込んだ。 「うん。でも、何でわたしなんかにかまうの?ほかのみんなは、わたしのことがきらいなのに」少女は何となく怯えた顔で少年の方を見た。 「なんで?なんで、きらわれてるの?」少年は不思議そうな顔をした。何故なら、その少女には嫌われる様な所なんて微塵もないと思えたからだ。背が若干低いが、性格は悪そうに見えないし顔立も人なつこそうで可愛い。ただ唯一気になるのは、表情が若干乏しい事だけだ。 「わたしが、にほんじんじゃないからだって」少女は興味がなさそうに答えた。 「ふーん、そうなんだ。にほんごうまいねえ。でも、何でそんなことできらわれるの?僕にはよくわからないや」少年も少女が日本人でない事など、全く興味がないらしい。 「あのさ、トンネルほり手伝っていい?」少年は砂場の砂を手ですくいながら訊ねた。 「うん。いいよべつに」少女はそう言うと、自分の隣に少年を招く。  長く長くのびる影法師は、今度は二つに増えていた。そして、その影法師たちは楽しそうに寄り添いあっていた。 「ほら、こうしてちゃんと山をかためたから、トンネルがうまくほれたんだよ?」少年はどろどろになった手で顔を拭った。 「あ、だめだよ。顔にどろがついちゃった。ふいてあげる」わずか小一時間一緒に遊んだだけで、二人は仲良しになっていた。 「あ、ハンカチよごれちゃうよ」少年は少女が差し出したハンカチを受け取ろうとしない。 「え?なんで?ぐすっぐすっ・・・」少年に拒まれた少女の顔は、みるみるうちに泣き顔へと変化していった。 「うわ!なんで泣くんだよう!ほら、ほら、ふいていいから」少年は泣いている少女の前に顔を突き出した。 「うん!」少女はにっこりと笑うと、少年の顔を丁寧に拭いた。  そんな時、遠くで少年の母の声がした。 「ほら、彦ちゃん。もう、帰りましょう」 「はーい」少年は返事をすると、少女のもとを離れようと身体の向きを変えた。  しかし、少女はしっかりと少年のシャツを掴んでいる。 「また、あしたもあえる?ひこちゃん」 「うん。じゃあ、あしたは、もっとおおきなトンネルをほろうよ!」少年が微笑みながら少女の手を握ると、彼女は満面の笑みを浮かべた。 「やくそくだよ!わたし、まってるから!」  少女の声を遠くに聞きながら、少年は母のもとに走り寄った。そして、また影法師は一つになってしまった。 *  僕は大きな荷物を抱えながら、汗だくで自宅マンションの階段を昇っていた。全く今日はついていない。こんなくそ暑い日にエレベータが点検中だとは。 「はあ、はあ・・・」僕の口からは辛そうなため息が漏れている。ため息を出している本人でさえ、気の毒になるほどだ。 (くっそー、何でこんなにお土産なんか買ったんだよ!)僕は自分の行為に腹を立て始めていた。  今日は久しぶりに大学へ行ったので、帰りにアイシャとソフィアへのお土産を買ってしまったのだった。 (まあ、ほんの少し前まで、自分の家に帰るのにお土産を買う事なんてなかったからなあ)僕は今の状況に腹を立てつつも、何故だか例えようもないほどの嬉しさを感じていた。  何とか僕は自宅のある階までたどり着くと、朦朧とする意識の中、廊下をゾンビの様に歩き続けた。  ピンポーン 「おおーい。帰ってきたよう!早く開けてくれ!」僕は自宅のチャイムを押すと、ドアの鍵が開くのをじっと待った。 「ああ!今開けるよ!」  ガチャガチャ、カタン 「ただいま〜アイシャ〜。外は暑くて暑くて死にそうだった。ほれ」僕はアイシャに汗で重くなったTシャツを見せた。 「うわっ!早くシャワーを浴びてこいよ。ほら、着替えとタオルはソフィアが用意していたみたいだから」アイシャはそう言うと、僕を部屋の中に入れドアを閉めた。 「ソフィアは気がきくなあ〜。で、ソフィアはどこ?」僕はぐったりとしながら靴を脱ぐと、ソフィアの姿を探した。 「あ、あいつは向こうのエアコンがある部屋で涼しんでるよ」アイシャはそう言うと、キッチンの方へ行ってしまった。 「ソフィア〜。ただいま〜」僕はアイシャを一瞥すると、エアコンのあるリビングへと向かった。 「あ、英彦さん。お帰りなさい。うわっ!凄い汗ですね。まあまあ、こっちで涼しんでください」ソフィアはエアコンの前でちょこんと座りながら、ソーダ味のアイスキャンディーをペロペロと舐めている最中だった。 「いいな〜、そのアイス」僕はもの欲しそうに、ソフィアのアイスキャンディーを見つめた。 「食べかけだけど、いります?なんちゃって」ソフィアはそう言うと、僕の目の前にアイスキャンディーを差し出した。  僕はその仕種に、何故か胸を高鳴らせてしまった。 「ばあか、英彦が腹を壊すよ、お前の食いかけなんか食ったら。ほら英彦、お前の分も持ってきたぞ」アイシャが微笑みながら、手に持っている二つのコーラ味のアイスキャンディーのうち、片方を僕に差し出した。 「あ、ありがとう」僕は素直にそのアイスキャンディーを受け取ると、袋を開けて舐め始めた。 「な、何言ってんのよ!アイシャ!何でお腹を壊すのよう!」ソフィアはアイスキャンディーをガリガリかじりながら、アイシャに文句を言っている。 「うるさいなー」アイシャは面倒臭そうにソフィアの相手をすると、自分もコーラ味のアイスキャンディーを舐め始めた。 「まあまあ。にしても、これコーラ味って言うよりもサ◯ポールの匂いがするよな〜」僕はソフィアとアイシャをなだめながら、ふと薬品臭いアイスキャンディーに対してそんな事を言ってしまった。 「ぶはっ!た、確かに、そうかもな・・・!」アイシャが一瞬吹き出す。 「うわ〜、じゃあ、二人でサン◯ール味のアイスを舐めてるんだ〜」ソフィアが目を細めてアイシャと僕を見る。 「そ、そんな亊言ってると、お土産あげないぞ!」僕は、凄まじい努力をして持ってきた包みをソフィアに見せた。 「え?お土産ですか!?いります、いります〜!」ソフィアは満面に笑顔を浮かべると、僕にすり寄ってきた。 「え〜英彦ぉ〜。ソフィアだけなんてずるいぞ〜」アイシャは淋しそうな顔をしながら僕に近寄ってきて、僕のTシャツを引っ張っている。 「もちろんアイシャにもあるよ。ほら」僕はもう一つの包みをアイシャに見せた。 「やった!」アイシャも満面に笑顔を浮かべると、僕にすり寄ってきた。 「ほら、じゃあこっちがソフィアので、こっちがアイシャのだ。二人とも開けてみな」  僕が二人に包みを渡すと、二人とも幼い子どもの様に嬉々として包みを開けた。 「やった〜!『おしゃべりコダック』だ〜!」 「おお!古着のジーンズだ!」  ソフィアは嬉しそうにぬいぐるみを抱き締め、アイシャはジーンズを足にあてている。 「英彦さん、ありがとう!」 「ありがとう!英彦!」二人は嬉しそうに僕を見つめた。 「早速、スイッチ入れよう!」ソフィアはそう言うと、ぬいぐるみの電源スイッチを入れた。 「グワッ?」電源を入れられたぬいぐるみが、振動しながら喋り出した。 「うわ!かっわいい〜」ソフィアは嬉しそうにぬいぐるみを抱き締める。  そんな様子を見て、アイシャはふとこんな事を言った。 「なんか、ソフィアのお土産って高そうじゃないか?」  それを受けてソフィアもこんな事を言った。 「アイシャのお土産の方が、かっこいい」  そして、次の瞬間、二人ともじーっと僕の顔を穴が開くほど見つめ始めた。僕はその視線に恐ろしいほどの威圧感を感じた。 「な、なんだよ。だったら、お土産を交換してみろよ!」僕は二人のそんな態度に半ば呆れつつ、そう提案した。 「おっし!じゃあ、ソフィア。そのぬいぐるみを貸せ」 「じゃあ、アイシャもそのジーンズ貸してよ!」  二人はそそくさとお互いの手に持っている土産を交換すると、まじまじとそれらを見つめた。何だか二人が幼い子どもに見えて、僕は笑い出しそうになってしまった。 「さあ、コダック!私と遊ぼう!」アイシャがそう言って、ぬいぐるみのお腹を押しているが、その姿はとっても滑稽だった。 「ぶははは!アイシャやめろよ!似合わない」僕はそんなアイシャの姿を見て笑い転げた。 「うっわー。コダックがちっちゃく見える」ソフィアも隣でアイシャを見て笑っている。 「じゃあ、お前はどうなんだよ!」アイシャは顔を真っ赤にすると、ソフィアに向かって大声で言った。その真っ赤な顔がとても可愛らしい。 「ジーンズだもん。おかしくないよ・・・あれ??」ソフィアはジーンズを自分の足に当てると首を傾げた。 「うわ!お前、足短いな−。20センチぐらい余ってるぞ、裾が」アイシャが床を転げ回りながら大声で笑う。 「ぐ、ぐさっ!し、しかたないでしょー、身長が違うんだから!」ソフィアは若干顔を青ざめさせながら、アイシャに文句を言った。 「な、だから、僕は二人にあったお土産を買ってきた訳だ。文句を言わずに、貰っておいてよ」僕がそう言いながら二人の頭を撫でると、二人は納得したのかこくんと頷いた。 「ところで、アイシャにソフィア。今日はエイダと新しいサポートメンバーが、うちに来るんだろ?準備はいいのかい?」  今日は、明日の任務で一緒に行動するサポートメンバーと、顔合わせをする予定があった。新しいサポートメンバーは二人おり、一人は前回世話になったエイダで、もう一人は初めて会う人だ。まだ名前も姿も分からないが、アイシャの話によると日本人の女性で、僕みたいな予備隊員らしい。 「あ、そうだ、そうだったな!」アイシャは思い出したかの様に手を打つと、早速リビングの方へ向かった。 「じゃあ、わたしたちが準備をしますから、英彦さんはシャワーを浴びてきて下さいね。あ、あと、コダックありがとう。大事にします!」  ソフィアはそう言うと僕に顔を近付けてきたが、突然恥ずかしそうに顔を赤らめると、小走りでリビングへと向かってしまった。 * 『先週、突如起こった集団自殺の数々について、今夜は専門家をお呼びして検証を行いたいと・・・』  ちょっと早めの夕食を済ませた後、僕たちはテレビの報道特集を何気なく見ていた。 「あ、これ、この前起こった集団自殺のやつですね」ソフィアはデザートのプラムを頬張りながら、リモコンでテレビの音量を上げた。 「そうそう。突然、北関東のどこかで集団自殺が異常なほど起きたってやつだよ」僕もソフィアと同様、いい具合に冷えたプラムを頬張る。 「何で、こんな事件が起きたんだろうな?」引き続きアイシャもプラムを頬張った。 『・・・ですから、自殺と言うものは起きてから、それに関する情報がショッキングな形で伝達されると、一種の集団ヒステリーを起こし・・・』テレビでは心理学者が、穏やかな口調で集団自殺について解説をしている。 「だけど、そんなに同時に色んな所で集団ヒステリーって起こるのかなあ?」ソフィアが布巾で手を拭いつつ、僕に訊ねてきた。 「んー、分かんないな。でも、アメリカじゃ集団自殺を『伝染病』と同じ様に扱うぐらいだから」 「え?そうなのか?」アイシャは二つめのプラムに手を伸ばしながら、僕の顔を覗き込んだ。その表情は、意外な事を聞いた時の様に目が見開かれている。 「そうだよ。この前、本で読んだ」  と、僕が返事をした時に玄関の方で物音がした。  ピンポ〜ン 「あ、はーい!」ソフィアは返事をすると、玄関の方へ向かおうと歩き出す。 「ソフィア、僕が出るよ!」僕はソフィアが玄関に向かった事に焦りを感じていた。もし、大学の友人や実家の家族が来たのだったら、僕はこの状況をどうやって説明すればいい?女性二人と同棲しているなんて知れた日には、よからぬ噂が恐ろしいほどの速さで増殖するだろう。  しかしソフィアは、そんな僕の気持ちを理解するはずもなく、プラムをくわえたまま行ってしまった。 「あ、エイダ!さあ、あがってあがって。狭い家だけど」  玄関のドアを開けたソフィアが、そんな勝手な事を言っていると、人が入ってくる物音が聞こえてきた。 「おじゃまします」「おじゃましま〜す」  玄関の方からは二人の女性の声が聞こえた。多分、最初に聞こえたのがエイダの声で、二番目に聞こえたのが新しいサポートメンバーの声だろう。 (あれれ?何だか二番目の人の声、聞いた事あるなあ???)初めて会う人なのだから、絶対にそんな事はないはずだが、僕の耳には二番目の声が懐かしく感じられた。 「こんばんは」「こんばんわ」  軽くおじぎをしながら、二人の女性が部屋に入ってくる。エスニックプリントのスカートにブラウスの女性がエイダで、その後ろにいるワンピースの上にシースルーの上着を着ている女性が・・・ 「中津君!ひっさしぶり〜。もう、四年ぶりぐらい?高校卒業以来、会ってないもんね〜。中津君、同窓会に来ないんだもん」エイダの後ろにいたワンピース姿の女性が、親し気に僕に話し掛けてきた。僕はこの女性を知っていた。 「あ、あああ?あ〜!あ、朝比奈さん!な、なな、なっな、何で?」僕はあまりにものショックで、呆然としてしまった。ショックのあまり、目の焦点が全く合わなくなっているのだろう。僕の視界は急にぼやけた。  なんと、目の前にいた新しい隊員とは、高校時代の同級生の女性だったのだ! 「お〜い!中津君!旧い友人に再開したのに、それはないんじゃないの?」ワンピース姿の女性が、僕の目の前で手をひらひらと振る。そして彼女の長い髪の毛は、高校時代よりも更に輝きを増しており、手を振る度に綺麗に風にそよいだ。 「な、なな、なっな、何?ひ、英彦さん、誰ですこの人?」隣でソフィアが驚いた表情を浮かべ、心配そうに僕のTシャツを引っ張っる。そして、ソフィアの口からはプラムがゆっくりと床へ落ちた。 「『英彦さん』?確かあなたはソフィアさんですよね?へー、ずいぶん中津君と仲がいいのね。もしかして、中津君の彼女?」その女性は挑発的な笑みをソフィアに向けた。彼女はソフィアよりも背が高く、ソフィアは見下ろされている様な感じだった。 「ち、違います〜!わ、わたしと英彦さんは・・・。ってゆーか、あなたは誰なんですか!!」ソフィアが顔を真っ赤にしながら、恥ずかしさを誤摩化すために大声を出した。そして、一生懸命に手をばたつかせている。 「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでした。私は、朝比奈、『朝比奈 瑞樹』と言います。中津君とは高校時代からの知り合いです。CPの予備隊員として、これからあなたたちと一緒に仕事をします。よろしくね!中津君にソフィアさんにアイシャさん!」瑞樹は無理矢理ソフィアと握手をした後、アイシャとも握手をした。 「おいおい、大丈夫かソフィア。強力なライバル出現だぞ。少なくとも現時点では、身長で負けているな・・・」  そんなアイシャの独り言はソフィアの耳に入っている訳もなく、彼女は瑞樹の事を睨み続けていた。 *  まだ、世界の何処かには希望と言うものが存在し、僕はそれを見つけられると思い込んでいた頃。瑞樹は突然僕の前に現れた。彼女は、思春期に入っていた僕にとって、初めて気軽に話をする事ができた女性だった。  僕はその頃漠然とした恐怖と共に、曖昧な幸せを感じ取っていた。その恐怖や幸せは何によるものか未だに解らないが、瑞樹が原因の一部であった様な気がする。 「それで、今回の任務は、この『集団自殺』について現地調査です」  リビングでくつろいでいる僕たちの前で、エイダが資料を拡げ次回の任務について説明を始めた。彼女は僕たちに資料一式を配ると、資料のビデオをテーブルの上に置いた。他にもテーブルの上には、既にアイシャによって運び込まれたモニタとビデオデッキが置かれている。 「でもさ、集団自殺の何処に事件性があるんだ?まさかカルト教団関係とか?」僕は貰った資料をパラパラとめくりながら、エイダに質問をした。 「中津さん。実は今回の集団自殺は、自殺じゃないんです。このビデオを見てもらえばわかりますが・・・」エイダはモニタのスイッチを入れ、ビデオデッキにテープを投入した。  真っ青なモニタ画面にノイズ混じりの映像が映った。あまりにも画質が悪くて、何が映っているのかがよくわからない。どうもこれは監視カメラの映像らしいが、何故か画面を見る限り一般家庭のリビングの様子を映している様に見える。 「なんだこれ?何で一般人の家に監視カメラがついているんだ?」アイシャも僕と同じ疑問を持ったらしく、エイダにビデオの画像について訊ねた。 「これは、群馬県のある家庭の監視映像です。どうして、一般人の住居に監視カメラがあるのかは、私にもわかりません。ただ言えるのは、このテープは、とある情報筋からのタレコミです」エイダがビデオのリモコンを操作し、テープを早送りする。 「さあ、もうすぐです。見ていて下さい。今、画面には二十代の男女が五人が映っていますね」エイダはモニタ画面に映る人影をレーザーポインタで指示した。 「ああ、これは多分、友人同士とかで集まって簡単なパーティーでもしているんだろ?」アイシャが身を乗り出して、画面に映る男女の姿を判断しようと目を細める。 「ええそうです。ホームパーティーが開かれていたそうです。でも、この座り込んでる女性を見て下さい。ほら、身動きせずに床に座っているこの女性です」  エイダがそう言うと、僕たちは全員黙り込みながら映像を見つめ続けた。辺りは耳が痛くなるほど静かになり、ただテープが擦れる音だけが室内に響き渡っていた。  コントラストのぼやけた画面の中で、床に座った一人の女性を除いた四人が談笑している。その光景は楽しそうでもあり、また嵐の前の静けさにも似た一種の緊張感さえ感じられた。  僕たちが、ぼんやりと画面を見つめ続けてたその時、突然何かが始まった! 「・・・!うわあ!何だこりゃ!」僕はモニタ画面で繰り広げらる光景を見て、大声を上げてしまった。 「うわ、ひどい・・・」僕の隣でソフィアも痛々しそうに、モニタを見つめている。  モニタの中で、床に座り込んでいた女性が立ち上がり手にフォークを持ちながら、ふらふらと側にいる男性の方まで近付いていくと、突然その男性の眼球をフォークで抉り取ってしまった。よく見ると血だらけになったフォークの先には、真っ赤な球体が糸の様なものをたらしながら突き刺さっている。恐らく眼球と神経組織だろう。  その様子を見て、普通なら逃げまどうはずの他の人々が、同時に口から泡を噴き出し、視力を失ってもがいている男性に襲い掛かった。そして、その男性の首を別の女性が食いちぎった。真っ赤な鮮血が天井まで飛び散る。  その後、別の男性がその首を食いちぎった女性の頭蓋骨を、椅子でたたき割った。彼は、何度も女性の頭蓋骨を椅子ですりつぶして、満足そうにはみ出た内容物を指でかき回していた。そして信じられない事に、その内容物を口に含みゆっくりと味わっている。  それから、次々と殺戮が行われた。残った男性と女性も口から泡を噴きながら、相手の顔面を原形がなくなるまで鈍器で殴打し、終いには男性の首がもぎ取れた。と同時に、脳髄をさらけだしながら、男性の首をもぎ取った女性も満足したかの様に絶命する。  最後に、フォークを持ち続けていた女性が、ゆっくりと自分の首をへし折った。  そして、モニタの中は静まり返った。 「おえええ〜」ソフィアが突然嗚咽をもらし、洗面所へ駆け込んだ。無理も無い。僕でさえ、胃の内容物が喉まで戻ってきている。 「こ、これは壮絶だな・・・」 「ええ、私も最初見た時は、恥ずかしながら吐いてしまいました」アイシャとエイダも口を押さえながら、吐き気を我慢している。  しかし、瑞樹だけが平然な顔をしている。 (おかしいな?昔は蛙の解剖でさえも、ぎゃあぎゃあ泣きわめいていたのに)僕は昔の瑞樹と今の瑞樹の、極端な違いに首を傾げた。すると、突然 「うわ〜気持ちわるーい」と瑞樹が大袈裟に叫んだ。僕は、彼女が僕の視線に気付いたから叫んだ様な気がしたが、思い過ごしだろうか? 「うええええ〜。な、何でこれが、『集団自殺』なの〜??」洗面所から戻ってきたソフィアが涙目で、エイダに訊ねた。 「この映像を見た限りでは猟奇殺戮ですが、この後の映像を見て下さい。ほら、この事件の報道映像ですが・・・」エイダがモニタを指差すと、そこにはある民放局のニュース番組が映っていた。 『次のニュースです。またもや集団自殺が発生しました。今月に入ってから、同様の事件が8件起きていますが、今回は・・・』そのニュースでは先ほどの事件を、集団自殺ととらえて報道している。 「おい!あの死体の様子を見たら、自殺じゃ無い事ぐらいわかるだろう!!」アイシャがそのニュースを見て、憮然としながら大声で言った。 「だから、私たちの出番なんです。警察発表が捏造されていると言う事は、おそらく物凄く大きな組織が裏で動いていますから」エイダがビデオテープを取り出しながら、僕たちの方を向かずに言う。 「大きな組織って?」僕は先ほどの瑞樹の態度を気にしながら、エイダに訊ねた。 「そう、だから政府組織とか、それとも・・・」エイダが一瞬動きを止める。 「それとも?」僕はなおも訊ねる。 「まだ、それは、言えません。確証が無いから・・・」  エイダがそう端切れの悪い返事をすると、僕たちの間には押し潰れそうなほどの沈黙が訪れた。今回の敵はいったい誰なのか?僕はそう思いながら、苛立ちと不安の表情を浮かべる皆の顔を、ぼんやりと眺め続けていた。 *  ブリーフィングが終わった後、任務が開始される明朝まで、この家でエイダと瑞樹も待機する事になった。今回の任務は危険性が高いため、僕たちの他にも二名の警備隊員が同行する事になっており、彼らが明朝迎えにくるはずだ。 「じゃあ、明朝八時に出発しますので、その二時間前まで仮眠を取っておいて下さい。今回は調査だけですので、戦闘はありませんが、体調は整えておいて下さいね」エイダは自分の持ってきた部屋着に着替えると、僕たちにそう告げた。 「それじゃあさ、朝比奈さんとエイダは、私の部屋を使って。私はアイシャと同じ部屋で寝るから」パジャマに着替えたソフィアが、瑞樹とエイダを部屋に案内する。 「中津さん、おやすみなさい」「中津君、おやすみ〜」エイダと瑞樹は、ソフィアに促され彼女の部屋へと向かった。 「英彦、お前は自分の部屋で寝るんだろ?」アイシャがウーロン茶をがぶ飲みしながら訊ねる。彼女はいつも、寝る前に大量のお茶を飲むのだが、夜中にトイレに行きたくはならないのだろうか? 「うん、もちろん。後もう少ししたら、部屋に行くよ」僕も、ウーロン茶をコップに注いで一気に飲み干した。 「アイシャ〜、もう寝るよ。あっ!私も飲む〜」僕たちがウーロン茶を飲んでいるのを発見したソフィアが、コップを持っていそいそと駆け寄ってきた。 「ぷは〜、おいしい!」みるみるうちに、ソフィアはコップで三杯もウーロン茶を飲んだ。 「お前、寝小便するぞ」アイシャがいつもの様にからかう。 「そんなことしないよ!じゃあ、アイシャ寝よう。英彦さん、おやすみ〜」 「あ、そうだな。もう部屋に行くか。じゃ、おやすみ、英彦」 「おやすみ」僕は二人を見送ると、リビングの電気を消しソファーに腰掛けた。さすがにまだ夜の十時前なので、寝る気はしない。  窓から漏れる街の明かりが僕の顔を照らす。僕は、この数時間に起きた事を思い返してみた。明日の任務に関する壮絶な映像と、その映像によって現れた嘔吐感、それに突然僕の前に姿を表した瑞樹の事。彼女は何故今頃になって、僕の前に現れたのか。ただの偶然だろうか。確かに彼女がCPに加入する可能性はある。こんな僕でさえも無理矢理加入させられたぐらいだからな。しかし、例えそんな事が起きたとしても、僕と同じ任務につくなんて、本当にただの偶然なんだろうか? 「ふう」僕は頭を整理するために、ため息をつきながら首を大きく振った。そして冷蔵庫に向かい、缶コーヒーを一本取り出すと、中身をゆっくりと飲み始めた。 「ねえ、中津君。私にもちょーだい。喉乾いちゃった」  背後から突然女性の声が聞こえ、僕は驚いた。振り返ると、そこには瑞樹がいた。 「あ、朝比奈さん・・・、缶コーヒーなら冷蔵庫にありますよ」僕は、久しぶりに会った友人にどんな態度を取っていいかわからず、妙に丁寧な態度を取ってしまった。 「中津君・・・、昔みたいに『朝比奈』って呼んでいいんだよ・・・?」瑞樹が少し悲し気な顔をしながら、僕に向かって首を傾げた。 「いや、僕は『朝比奈ちゃん』って呼んでいたよ。でさ、他のヤツらがそれでからかったりしたっけ?」僕が高校時代の記憶を瑞樹に告げると、瑞樹は表情を明るくした。 「あ、憶えてるじゃない!?それなのに『朝比奈さん』って呼んでたの?余計に恥ずかしいよ!あ、このコーヒー貰うね」瑞樹はニコニコ笑いながら、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。  しかし。何故、僕はよそよそしい態度を瑞樹に対してとったのだろうか?久しぶりに会うからか?それとも・・・ソフィアがいたからか?そうだとしたら何故?  僕がそんな事を考えていると、突然リビングの端から視線を感じた。その視線には物凄い憎悪が含まれている様に感じられ、僕は身震いをしてしまった。  僕は恐ろしくなり、リビングの電気をつけた。 「誰だ?そこにいるのは?」僕は押し殺した声で呟くと、リビングの端を凝視した。 「な、何?」瑞樹は僕の行動に驚き、おろおろしている。 「ほへへ?な、何ですか?」僕が凝視した先には、コダックのぬいぐるみを抱えたソフィアがいた。その表情からは、先ほど感じられた憎悪の様なものは無い。 「何だ、ソフィアか〜。ん?どうした?」僕はソフィアに近付き、彼女の持っているぬいぐるみを撫でた。 「いや、喉が乾いたから」ソフィアは嬉しそうに微笑みながら、僕の顔を見つめる。 「何だ、びっくりしちゃった」ソフィアの姿を見た瑞樹が胸を撫で下ろすと、突然ソフィアの表情が変わった。物凄い形相で瑞樹を睨み付ける。 「ソフィアさん。缶コーヒー飲みますか?あ、可愛いぬいぐるみですね〜」瑞樹がソフィアのぬいぐるみに手を触れようすると、ソフィアはギュッとそれを抱き締め、瑞樹にぬいぐるみを触らせない様に僕の側にすり寄ってきた。 「これは、英彦さんからのプレゼントなんですよ」ソフィアは得意げに言うと、僕の腕を掴んできた。まるで子どもである。 「そ、そうなの。さ、さあ、もう寝ましょうか」瑞樹はソフィアの方を向かずに言った。 「じゃ、おやすみなさい。英彦さん。あ、あと朝比奈さんも」ソフィアは僕にだけおじぎすると、そそくさと部屋に戻った。  い、いったいソフィアに何があったのだろうか?さ、さっきの憎悪を含んだ視線もソフィアの物だったのだろうか?僕はそこまで考えると、瑞樹にお休みの挨拶をし、自室へ戻った。  ベッドの上でしばらくソフィアと瑞樹の事を考えたが、結果が出なかったので、そのまま眠ってしまった。 * 「ふわわ〜」僕の隣で、スーツに着替えたソフィアが大きな欠伸をした。 「どうした?眠いのか?」同じくスーツに着替え終わったアイシャが、愛用のガバメントの手入れをしながら訊ねた。今回僕たちは、警察庁やFBIの職員として現場に向かうので、全員がスーツに着替えていたのだ。  定刻通りに自宅を出発した僕たち五人は、本部から迎えに来たバンに乗り込んでいた。そのバンには米軍と自衛隊出身の屈強な男性二人が乗っていたが、彼らこそがCPの警備隊員であった。警備隊員は危険な任務の際に、隊員の身の安全を確保する為に雇われているらしい。  もう一時間ほどは走っているのだろう。確かに風景が見えない様な作りのバンなので、移動は単調きわまりないものだったが、本来は任務前の緊張によって欠伸なんて出来ないはずだ。それなのに、ソフィアは何故あんなに大きな欠伸をしたのだろうか? 「ソフィアさん。どうしたんですか?後もう少しで、任務が開始されますよ!」僕の前に座る瑞樹が、ソフィアに向かってややバカにした様な口調で言った。 「べ、別に何でもないですっ!ただ、ゆうべは眠れなかったんで、つい・・・」ソフィアはそう言うと、両目をごしごし擦った。 「あ、コンタクトが取れちゃった!」ソフィアが慌てて落ちたコンタクトを探そうとする。僕はそんな彼女の瞳を見て、はっとした。もう見慣れているはずだが、彼女の紅い瞳を見ると今でも驚く。 「・・・!あなたも、エイダの仲間だったの??」瑞樹は紅い瞳のソフィアを見て、驚きの声を上げた。 「そうですよ。聞いてなかったんですか?」ソフィアはコンタクトを拾うと、急いで鞄の中から洗浄液を取り出しコンタクトを洗い始めた。 「ええ、まあ・・・」瑞樹は急に口籠った。  僕はそんな瑞樹の様子に首を傾げながら、エイダに対して以前から思っていた疑問を訪ねる事にした。 「あのさ、エイダ。君もソフィアと同じ様な色の髪と瞳を持っているの?」 「あ、はい?え、ええ、髪と瞳の色ですか?」エイダは考え事をしていたらしく、僕の質問を理解するまでに少々時間を要した。 「そうですね、髪の色は同じですよ。でも、瞳の色は赤ではなくて、グレーに近い青です」  と言う事は、エイダの瞳は今現在でもグレーに近い青なので、コンタクトの類はつけていないと言う事だろう。 「私たちの種族の中で、紅い瞳を持つのは限られた者だけなんです」エイダはソフィアの方を見つめながら言った。 「限られた者なんて言わないでよ・・・。この瞳のおかげでわたしはっ!」ソフィアは沈痛な面もちで、下唇を噛み締めた。 「ご、ごめんなさい」エイダが突然、俯きながら謝る。  僕は、何故紅い瞳の者が辛い思いをしているのかを聞きたかったが、ソフィアの様子があまりにも痛々しかったのでやめる事にした。その代わり、僕はソフィアの腕を握り締めた。 「ソフィア。ところでさ、コダック何処においてきた?」  僕のそんな一見場違いとも思える質問に、ソフィアはたおやかに微笑んだ。 *  僕たちを乗せたバンは、それから一時間半ほど走ると、新興住宅地の中に入っていった。この辺りは都心への通勤者向けのベッドタウンなのだろう。今の時間は、ほとんど人通りもなくひっそりとしている。もしかしたら、時間帯のせいではなく、もともと空家が多いのかも知れないが。 「いいか、今回は警察庁とFBIの関係者と言う事で、地元警察の協力を得る。なので、本部が用意したIDを使う必要がある。皆、身分証の用意はいいよな?そして、地元警察とのやりとりは、全て朝比奈が行うから他の者は口出しをしないように!」アイシャがホルスターに銃をしまうと、着ているスーツを着心地悪そうに引っ張った。 「アイシャ、似合ってるよ。そのスーツ姿」僕はからかい半分、アイシャにそう言った。「しかたないだろ。いつもの戦闘服の方が好きだが、あれじゃ目立つからな」  僕とアイシャがそんな事を言っていると、急にバンが停車した。そして、勢いよく扉が開かれる。 「さあ、皆さん着きました。もう既に警察の方が来ているので、早く現場に向かって下さい。私たちはここで待機しますから、何かあったらすぐに非常通信を行って下さい」身体の大きな筋肉質の男性が、気持ち悪いほどの丁寧な言葉遣いで言った。 「よし、じゃあ行くぞ!英彦、ビデオカメラをまわせ!」  アイシャに促され、僕は真新しいビデオカメラを肩に担いだ。今度のカメラはプロ用の物なので、かなり重く肩にずしりと重みを感じた。 「OK!1999年8月21日午前11時24分。記録開始―」  ビデオカメラは、ゆっくりと回り始めた。 *  辺りは住宅地のくせして、気味が悪いほど静かだった。普通この時期なら夏休みの子どもの声が聞こえるはずだが、いっさいその様な声は聞こえない。と言うか、人の気配さえ感じられない。最近の子どもは、外で遊ばないのだろうか。  あまりにも静かなため、家々が映画のセットの様に見える。それも、すごく安っぽい映画のセットである。僕はそんな感覚に襲われ、近くの家の壁を叩いてみた。すると中身のつまった音が返ってきたので、これらの家がセットでない事がわかった。  こんなセットみたいな家に囲まれると、何故だか夢の一シーンを思い出してしまう。誰もいない街で、僕一人だけが存在する夢。そして、人を見つけたと思ったら、それらは全て石像になってしまう夢。僕はたまにこう言う夢を見るが、何だかその世界とここは似ている様な気がする。 「しっかし、誰もいませんね〜。英彦さん、何となく怖いですね」僕の隣でソフィアが不安そうな顔をしている。 「おかしいぐらい人がいないな。どうしたんだろ?」僕も首を捻った。 「それは、あまりにも自殺者が多くて、気味悪がった住人が出ていってしまったんですよ。それに、残った住民も何を恐れているのか、ほとんど人前に姿を現しません」エイダが暑そうに手のひらで顔を仰ぎながら、人気のない理由を説明してくれた。 「本当に気味が悪いな〜」瑞樹はそう言いながら、ソフィアを押し退けて僕の隣に来た。  ソフィアはムッとしたが、そのまま何も言う訳でなく反対側へ回り、僕の隣に来た。 「よし、あそこだ!あの家が事件現場だ!」アイシャが現場を発見すると、小走りで向かった。僕たちも後を追って走り出す。 「な、なんだ、君たちは!あ、もしかして本庁の?」ぼーっと現場である住居の前に立っていた警官が、怪訝そうな顔をして尋ねてきた。 「そうです。警察庁の者です」瑞樹がそう答えてIDカードを見せると、警官はさらに怪訝そうに首を傾げた。 「何で本庁の役人と一緒に外国人がいるんだ?ほら、君の身分証は?あ、日本語がわからないのか?」警察官は少々怯えながら、アイシャに近付いた。何故なら、その警官の背は低く、アイシャとの身長差がゆうに15センチはあったからだ。 「ほら、ここにある。私はこう見えても日本語が話せる。外見で判断して欲しくないな」アイシャは本部の用意したIDカードを誇らし気に見せつけた。 「あ、これは失礼しました。さ、こちらへ」その警官はIDカードを見ると、先ほどとは態度をがらりと変えて、家の中へと案内する。その家は何処から見ても普通の住宅だったが、唯一違ったのは『立入禁止』のローブが張られている事だった。 「さあ、この部屋が『集団自殺』の現場です。しかし、本庁で調査する様な事件ですかね?」僕たちを案内してくれた警察官は、ここで起きた物事を『集団自殺』の一言で片付けた。多分、彼は真実を知らないのだろう。 「余計な事は聞かないで欲しい」アイシャが呟く。すると、その警官はわずかに身震いをし、上官を呼びに言った。 「で、では、この事件を担当している、佐々木刑事を呼んできます」 「中津さん。この現場の全景と、ここのズームアップを撮って下さい」エイダが人の形に置かれたテープから、かなり離れた壁を指差す。 「OK。では、ズームアップします。ううむ、これは血痕かな?」ファインダー越しに、壁に飛び散った赤黒い固まりが点々と見える。僕はその固まりが散らばっている方へレンズを動かした。 「あ、天井まで飛び散ってる。でも、何かに拭き取られていて、詳しくは見えないな・・・」僕がレンズを天井に向けると、ソフィアが椅子に昇って天井を確認する。 「うん、何かで拭き取られていますね」 「ルミノール反応が見れればいいんだけど・・・」僕の真後ろで瑞樹が呟く。 「あ、みなさんご苦労様」ふと前方から野太い男の声が聞こえた、僕はファインダーをのぞいたままそちらを向くと、そこには中年の小汚い男が立っていた。 「はい?」僕の斜め前方にいたソフィアが、その男に声をかける。 「私がこの事件を担当している、佐々木です」その小汚い男は、僕がレンズを向けている事に気付くと、やたらとカメラを気にしだした。僕は彼の様子を見て、いったんカメラを下げた。しかし、録画は続けている。何故なら、彼との会話を録音しておきたいからだ。 「こんにちは。私が朝比奈、それに左からガブリエル、サハクィエル、ティアイエル、中津です。ガブリエル、サハクィエル、ティアイエルの三名はFBIの関係者で科学、心理学捜査のエキスパートです」瑞樹に言ったいい加減なウソに、僕は大笑いをしそうになったが、隣のソフィアが僕の腕をつねったので出来なかった。 「しかし、ただの集団自殺、まあこの場合は覚醒剤でも使っていたと思いますが、そんな事件でなぜFBIが?」そう入ったものの、佐々木の目は宙を泳いでおり、何かを隠している事は一瞬でわかった。 「FBIの協力を頼んだのは、集団自殺は『群発自殺』になりやすいから、それを防ぐ為のノウハウを得る為です。この三人はアメリカ衛生保険局で研修をして来ているので、その件について詳しいんですよ」なおも瑞樹が作られたシナリオを話し続けた。 「ほお、『群発自殺』ですか。あの、突然ある地域で自殺が多発するって言う」佐々木が感心した様に答える。 「詳しいですね、佐々木さん。それでは、ここ一帯で自殺が多発しているのは御存じですよね?」エイダが核心に触れた質問をする。 「に、日本語が上手いんですね!」佐々木が、目をぱちくりさせる。 「あなたたち日本人は、自分の言語が難しいものだと思い込んでいるからな」アイシャが佐々木にそう呟く。佐々木は案の定、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情をした。 「まあ、その事は置いておいて、この一帯の群発自殺について知っていますよね?」エイダが、なおも佐々木に詰め寄る。すると、佐々木は明らかに動揺して答えた。 「知ってます、よ。ただ、あれは全て自殺です。だから、事件性は極めて低い。ここもただの『集団自殺』だから、もうすぐ捜査も終了する予定です。おそらく死体から薬物反応が出るでしょうし」 「じゃあ、何で血痕を拭き取る必要があるんですか?現場を維持するのは常識でしょう?まさか、自殺した人間が天井を拭き取れますか?それに、自殺で何故わざわざ苦しむ方法を取ったんでしょうね?」ソフィアがいつになく鋭い視線で、佐々木に問いただす。 「・・・そうでしたか?」佐々木は冷や汗をかきながら、とぼけようとする。 「じゃあ、佐々木さん。警察が捜査を開始する前に、誰かがこの部屋に入って血痕を拭いたと言うんですか?それなら、他殺の可能性があるんじゃ?」僕はカメラが回っているのを確認すると、佐々木に問い詰めた。 「・・・」案の定、佐々木は沈黙してしまった。 「もう一度言います。ここに来る前に報道された映像を見ましたが、あの時も何かしらの規制を行っていたんですよね?じゃないと、素人目で見ても『集団自殺』ではない事なんて簡単にわかる」僕はカメラを佐々木に向けながら、質問を繰り返した。 「な、何を言ってるんだ・・・!もともと、我々が捜査に入る前にこの部屋を調べたのは本庁、すなわち君たちじゃないか!!そして、我々に集団自殺として処理する様に告げたくせに」佐々木が僕の方に歩み寄り、怒りと情けなさが混じった表情で睨んできた。 「や、やばいぞ・・・。そろそろ撤収しなくては」僕にだけ聞こえる様な小声で、アイシャが呟く。 「じゃあ、佐々木さん。私たちは、もう撤収しますが、私たちはその件に関与していない事を告げておきます。それで、最後に頼みがあるのですがいいですか?」瑞樹が用意されたシナリオ通りに、最後の質問をした。 「ほう、何ですか?」佐々木は、いぶかし気に瑞樹、それに僕たちを見つめた。 「この現場の事件発生直後の写真や資料はありますか?」瑞樹が最後の質問をした途端、佐々木の動きが止まった。  動作を停止した佐々木は、瞬きもせずに僕たちを見つめた。彼の額からは大量の脂汗が浮き出し、その汗が頬をつたっているのが見えるほどだった。 「わ、我々があの映像を入手している事を知っているのか??そ、そんな、本庁には・・・」佐々木はそこまで言うと、慌てた様に口を噤んだ。そして、僕らの前から立ち去ろとする。彼がドアから出るより早く、アイシャとエイダが出口を塞いだ。 「本庁に通達していない事があるんですね?その映像とは・・・」瑞樹が佐々木に問い詰めた時、ソフィアが佐々木の前に歩み出た。 「その映像って、友人どうしの殺しあいの場面でしょう?仲の良かった友人グループがお互いを殺すって言う」ソフィアはゆっくりと、佐々木に今回の事件の真実を示した。 「・・・本庁は我々現場の者が、真実を知っている事に気付いていたんだな。だから、君たちをよこしたのか」佐々木が呆然と呟くと膝から床に崩れ落ちた。その衝撃で彼の脂汗が床に飛び散る。 「さあな。それより、その映像は何処から入手したんだ?」アイシャが佐々木の背後から、鋭い視線を向ける。 「も、もとの君たちの同僚だよ。この事件に関わってから、すぐ仕事をやめた『神崎 透』だ」佐々木はふらふらと立ち上がりながら呟いた。 「ありがとう。では、私たちは撤収します」瑞樹がそう言うと、僕たちはその家を後にした。  佐々木は呆然と立ち尽くしたまま、焦点の定まらない瞳でこちらを見つめ続けていた。 * 「うーん、なんか厄介な事になってましたね。そっか、今回の事件の真実は警察庁も掴んでいて、現場の警官には知らせていなかったんですか」ソフィアはバンの後部座席に乗り込みつつ言った。 「あの佐々木ってやつは、自分が口封じの為に飛ばされるって思い込んでいたみたいだな」アイシャも引き続きバンに乗り込む。 「とにかく、神崎氏の居場所を突き詰めた方がいいですね」既に後部座席に腰をかけていたエイダはそう言うと、携帯電話で本部へ連絡をはじめた。 「ほら、中津君。乗ろう!」僕の前で瑞樹が嬉しそうに微笑みながら、僕の腕を引っ張る。  僕はバンに乗り込むと瑞樹の隣ではなく、ソフィアの隣に座った。すると、瑞樹の表情はみるみるうちに暗くなり、逆にソフィアの表情が、ぱあっと明るくなった。 「ど、どうしたの?二人とも?」僕はカメラをケースにしまい込みながら、二人の顔を見比べた。 「な、何でもないよ!」「何でもありませ〜ん」二人は同じ内容の言葉を、あまりにも違う調子で表現した。 「で、エイダ。本部の反応は?」アイシャが、そんな僕たちの方をあきれ顔で見つめると、エイダの方へと振り返った。 「今、神崎氏の居所を調べています。そして、調べ終わり次第、この端末にファイルが転送されます」エイダはパームトップPCを僕たちの方へ見せた。 「どのぐらいでわかるの?」ソフィアが靴を履き替えながら訊ねる。 「えーっと、元警察関係者なら、数分から数十分でわかりますね」 「そうなの?凄いな〜」ソフィアが靴を履き替え終え、感心した様にパームトップPCを覗き込んでいると、発車をしようとしていたバンが急に停止した。 「おい!どうした!?」アイシャが銃を構え、運転席に向かって怒鳴る。 「だ、男性が車の前に飛び出してきました!今、確認しますから車外には出ないで下さい!」運転席にいる警備隊員からそう指示があったが、アイシャは後部ドアを開けると銃を構えたまま飛び出した。 「おい、きさま!何者だ!」アイシャの怒鳴り声が、車内まで聞こえてくる。 「ま、待て!撃たないでくれ。私は、あんたたちが調査している事件について知っている者だ!」アイシャの声と同じぐらいの大声で、若い男の声が聞こえてきた。かなりその男は焦っているらしく、言葉の節々が震えていて、よく聞き取れない箇所があった。 「で、誰なんだ!名前を言え!」今度は警備隊員の怒鳴り声が聞こえた。 「わ、私の名は神崎、神崎 透・・・」その男はか細い声で、そう告げた。 *  アイシャとエイダが銃を構え、ソフィアがしまってあったショートソードを構えながら鋭い視線を男に向ける。 「あんた、何で私たちに近付いてきたんだ?」アイシャが銃口を男の頭に向けた。 「そうです、神崎さん。何故、あなたはわたしたちが、あの事件の調査をしているって知っているんですか?」エイダもアイシャと同じ様に銃口を神崎へ向けている。しかし、彼女の銃は先ほどまで所持していたピストルではなく、イングラムM11、すなわちサブマシンガンだった。 「あ、あんたら、やっぱり警察の者じゃないな!あいつの言った事は正しかったんだ」神崎と名乗った男は、脂汗をかきながら両手を頭上に上げている。 「あ、この人。本当に神崎って人だよ」いったんショートソードを鞘に戻したソフィアが、端末に送られてきた画像を見ながら呟いた。 「そうか。でも、信用出来ないな。で、なんで僕たちが警察関係者じゃないと思うんだ?それに、『あいつ』って誰だ?」僕はビデオカメラを回しながら神崎に近寄る。 「あ、当たり前だ。日本の警察では、こんな銃を持たせない!」神崎は唾を飲み込みながら、二人の構える銃を見つめる。 「それより、『あいつ』って誰なんだよ!」アイシャがいらついた様子で、銃を神崎の頭に突き付けた。どうも、セーフティーはオンになっているみたいだが、いざとなれば一瞬のうちに神崎の頭を吹き飛ばす事ができる。 「そ、それは、まだ言えない。そ、それより、今回の事件に関する情報を持ってきたんだ!それを見せるから銃をおろしてくれ!」神崎は警察関係者とは思えない様な情けない態度で、アイシャとエイダに懇願した。 「ねえ、降ろしてあげれば?」今まで黙って事の成りゆきを見守っていた瑞樹が、神崎に哀れみの表情を向ける。 「いや、これはこいつの演技かも知れない。さあ、その情報を教えろ!それから、銃を降ろすかどうか判断する」アイシャはそう言いながら、かかとで神崎の足を何度も軽く蹴った。 「と、その前に車に乗せましょう。さあ、乗って下さい」エイダはあくまでも丁寧な口調で神崎を促す。しかし、そんな彼女の手にも銃はしっかりと握られていた。 「わ、わかった」神崎は、よたよたと歩き始めた。足下がおぼつかない様子だったが、なんとかバンの中に乗り込んむ事ができた。 「よし、腕を上げたままでこっちに来い」アイシャが神崎を引き寄せると、彼のボディーチェックをはじめた。 「・・・武器は持っていないが、このディスクとガラス瓶は何だ?」アイシャが神崎のポケットからディスクと小瓶を取り出す。 「それが、今回の事件に関する情報だ」神崎は、アイシャが取り出したディスクと小瓶を見つめながら、何かを思い出した様な表情を浮かべた。  アイシャが車内の小さなテーブルの上に、そのディスクと小瓶を置いた。小瓶に周囲の物が鮮やかに映り込む。  その小瓶には透明な液体が満たされており、その中にはゼリー状の物体がわずかながら漂っていた。僕はその物体にピントを合わせ、レンズを一気にズームアップさせた。 「これ、何だろう?」ソフィアがその瓶に手を触れ、蓋を開けようとする。 「やめろ!中身はウィルスだ!しかも、生物兵器に使われるものだぞ!」神崎が血相を変えて、ソフィアの方へ駆け出す。アイシャは素早く神崎の左腕を掴み、楽々と空中に持ち上げてしまった。 「うわわ!」ソフィアは慌てた様子でその瓶をテーブルに戻したが、その動きは冷静そのもので瓶の中身が飛び散る様な事はなかった。 「さて、神崎さん。じゃあ、あの瓶の中身とディスクの中身、それに私たちについてどの程度知っているかを話して下さい。もし、話して下さらないのならば、あなたをこの場で処分します」エイダは神崎の頭にサブマシンガンを押し当てた。その冷たい色の瞳は更に冷たさを増していた。 *  僕はビデオカメラを三脚に固定し、ノートパソコンを取り出した。そして、そのノートパソコンにMOドライブをつなげると、スイッチをオンにし、完全に起動するまで待つ事にした。 「もし、これがガセネタだったらどうするの?」瑞樹が僕の左隣に座って、一緒にノートパソコンの画面に見入った。 「ガセネタだったら、怖い事になりますね」ソフィアが瑞樹を押し退けて、僕の左隣に座り嬉しそうな表情を浮かべる。 「ガセネタなんかじゃない!信じてくれ!」エイダから銃をつきつけられたままの神崎は、今度はアイシャによって手錠をかけられ椅子に座らされていた。 「さあな、ガセネタかどうかは情報を聞いてからじゃないとわからない」アイシャが手錠の鍵を弄びながら、僕の後ろからノートパソコンの画面を見つめている。 「あ、起動が終わった。で、これからどうするんだ?」僕はディスクをドライブに入れると、アイコンをダブルクリックした。 「中のファイルを開いてくれ」神崎は遠くから、伸び上がる様にして僕たちの方を見つめている。恐らく、ノートパソコンの画面が気になるのだろう。 「OK!ありゃりゃ、ただのワープロのファイルじゃないか?一応、画像とかムービーも貼っているけど」僕は開いたファイルを最初から最後まで、適当に眺めてみた。 「よし、じゃあこっちにきて説明しろ!エイダ、そいつを連れてきてくれ」アイシャが再び神崎に銃を向けると、彼を呼び寄せた。しかし、彼は椅子に手錠で縛られているので歩く事が出来ない。 「しかたないな。エイダ、銃口をそらすんじゃないぞ!」アイシャは首を左右に振りため息をつくと、銃をホルスターにしまい神崎の元へと歩いていった。 「よっ!」アイシャはかけ声をかけると、軽々と神崎を椅子ごと持ち上げて僕の左隣まで運んできた。ソフィアは神崎が来たため退かねばならず、僕の右隣へ移動しようとしたが、既にそこには先ほどソフィアに追い出された瑞樹がいた。ソフィアはムッとした表情を浮かべると、僕のすぐ後ろに移動した。こころなしか、瑞樹がにやけている様に見える。 「さあ、その瓶の中身から順に説明して下さい」神崎が僕の隣に来たのを確認して、エイダが質問を続けた。 「・・・こ、この中身はさっきも言った様に一種のウィルスだ。しかも、インフルエンザウィルスの亜種を遺伝子操作して作ったもので、感染率もかなり高い。そして、潜伏期間も三日程度と短いんだ」緊張した面もちで神崎が説明を始める。 「あ、中津さん。記録はしてますよね?」突然、大切な事に気付いたかの様に、エイダが僕の顔を見つめる。僕は大きく頷いた。するとエイダは軽く頷くと質問を再開した。 「遺伝子操作をしたウィルスで生物兵器と言う事は、毒素を体内で放出する類の物ですか?」 「いや違う。こいつは人間の視床下部を刺激してから、前頭葉を破壊するんだ。ほら、このファイルの最初の方に、このウィルスのメカニズムが書いてある」神崎は僕の隣でノートパソコンの画面を覗き込み、ファイルに張り付けられた画像とその下の文章を指差した。  そこにはウィルスの感染経路や発病のメカニズムの略図があり、それらに関して簡単な説明があった。 「このウィルスは・・・、人間の不安を増強させてから幻覚を見させ、ついには理性を破壊するのか!!!?」説明を呼んでいたアイシャが目を大きく見開いた。 「そうだ、人間の人間らしい部分を全て破壊してしまう。そして、その上『莫大な不安や恐怖』を感じ取ったら、人間はどうすると思う?」神崎は僕たちの方を一人ずつ見比べた。 「自殺、あるいは発狂の上、殺戮に走るんですね・・・」ソフィアが震えた声で言う。 「その通り。その結果がこの事件、いや最近起きている全ての『集団自殺』事件の原因だ」神崎は焦点の定まらない目つきで、淡々と語った。 「そ、それで、このウィルスはどうやって感染するの?」僕の右隣で瑞樹が不安そうな声を出す。しかしその声はどことなく不自然だった。 「経口感染、血液感染、そして空気感染」神崎は、そこまで言うと両手で頭を抱え込んでしまった。 「空気感染!!!」僕たちはいっせいに大声を出した。そんな、空気感染なんて・・・  僕たちは、ショックのあまり黙り込んでしまった。こんな危険なウィルスが空気感染をするのなら、本格的にウィルスがばらまかれたら人類は滅亡してしまうだろう。しかし、このウィルスを開発したのはいったい誰なのだろうか?そして、目的は何なのだろうか? 「じゃあ、神崎さん。このウィルスは人工のものなんですね?それならいったい何者が、このウィルスを何の目的で作り上げたのですか?知っている事を教えて下さい」エイダが神崎に対する質問を再開した。僕は急いでカメラを神崎の方に向ける。 「確か元々は、旧ソ連で開発されていた新兵器だったはずだ。それを何者かが手に入れて、この日本で実験したらしい。そこら辺は、あんたたちの方が詳しいんじゃないか?」神崎は、僕たちの心を見すかそうとしている様な表情で話した。 「いや、私たちがこの件に関して知っている事はない。そもそも、あんたは私たちを何者だと思っている?」アイシャが銃を向けながら神崎に訊ねる。 「全ての国家組織を超越する存在だろ?私はあんたたちの仲間から疎まれて、警察庁をクビになったんだ。まあ、要するに知り過ぎたんだな。でも、命を奪われなくて良かったよ。いや、これから奪われるかな?」神崎がにやりと不気味に笑った。 「じゃあ、知っている事は他にはないのですか?」エイダも銃を神崎に向けながら、質問を続けた。 「あるよ。これから言う所だった。是非、あんたたちには聞いて欲しくってね。多分あんたたちも、上のヤツらにはめられているんだろうから」  僕は神崎の言っている事がわからなかった。CP本部が今回の事件に関係しているとでも言うのだろうか?CPはそもそも人間界を警備する組織ではないのか? 「ヤツらは、今月の十一日に『天使の塵』と呼ばれる新種のウィルスをまいた。これは、今回のウィルスの遺伝情報を変えたもので、感染力はかなり高い。恐らく全人口の四割には感染しただろう。そして、そのウィルスが活動を始める時、何かが起こるらしい。それはまだわからないが、ほらここに『天使の塵』に関する計画、『エンジェル・ダスト計画』の計画書の一部が・・・」  バラララララ・・・  神崎が話をしている途中に、突然何処からかマシンガンを掃射する音が聞こえた。 「おい!皆伏せろ!!」アイシャはそう叫ぶと、僕の上に覆いかぶさった。それと同時に皆床にふせる。 「きゃあああ!」瑞樹がパニックに陥り、大声をあげながら立ち上がろうとする。 「バカ!車の上の方は装甲が弱いから、蜂の巣になっちゃうよ!」ソフィアが叫びながら、瑞樹に飛び掛かり何とかして床に伏せさせた。  暫くすると、銃声が一時止んだ。僕たちは、匍匐前進をしながら、車からはい出した。 「あ、神崎はどうした!?」アイシャが叫びながら、車の中を探す。すると、そこでは頭部が吹き飛ばされた神崎が、痙攣を繰り返しながら椅子に座り続けていた。 「ちっくしょう!」アイシャは悪態をつくと、車内の武器庫からAK47を取り出し、僕たちと共に車外に転がり出た。  車外には二人分の男性の死体が転がっていた。もちろんそれは、警備隊員のものだった。手にはピストルが握られていたが、やはりマシンガンの掃射に対しては、あまり意味がなかったらしい。 「畜生!!!!」アイシャが叫びながら、AK47を掃射する。 「おい!アイシャやめろ!早く逃げるぞ!!」僕がそう叫びながら、アイシャの腕を引っ張り逃げている皆に追い付こうとした。  車から数十メートル離れたその時!突然車は爆発、炎上した。 「うわあ!」僕とアイシャは爆風で派手に地面に転がった。  数メートル地面を転がりつづけると、僕とアイシャの身体は折り重なる様にして止まった。 「いてて、大丈夫かアイシャ!」僕は爆風から守る為に抱えていたカメラを地面に置くと、横に寝そべっているアイシャの身体を揺すった。 「うーん、大丈夫だ。少し腰を打ったけどな。ありがとう英彦」アイシャはそう言うと、僕の身体に密着する様に転がってきた。 「大丈夫ですか二人とも!って、アイシャ何で英彦さんに抱きつく様に寝そべっているのよ!」僕の傍でソフィアがいつもの様に頬を膨らませていた。僕はその光景を見ると気が弛んだのか、そのまま気絶してしまった。 *  あれからどのぐらい時間が経ったのだろうか?手足の感覚が麻痺していて、僕は空中に浮いている様な感覚を覚えた。しかし、その感覚も薄れ徐々に意識が戻る。身体中がひりひり痛い。 「大丈夫ですか?英彦さん?」  僕はいつもの優しい声に呼ばれて、ゆっくりと目を開けた。と同時に激しい頭痛が襲ってくる。 「良かったですね、打ち身程度で。入院しなくて済みましたよ。ヒーリングをやっておきましたから、もう起きられます」その優しい声の主が、僕の額を優しく撫でる。 「あ、ソフィア。ソフィアか、ここは何処?」僕は、頭を撫でているソフィアの手を握った。すると彼女は、若干顔を赤らめた。 「病院ですよ、CP専属の。あれから本部の救急ヘリが来て、ここに来たんです。でも、本当に良かった。意識が戻ったら帰ってもいいんですって」ソフィアが優し気な笑顔を僕に向ける。と同時に、なにやら大人数の話声が聞こえた。 「英彦、大丈夫か!?心配したんだぞ!」僕の顔を包帯を額に巻いたアイシャが覗き込む。 「中津君。心配したんだから〜」瑞樹も僕に寄り添い、僕の額を撫でる。 「中津さん。良かったですね!しかし、あの状況でアイシャさんを引っ張ってくるなんて、中津さんにしか出来ませんよ」エイダも微笑みながら僕の顔を覗き込む。 「あ、で、あの銃撃は一体誰が?それに、神崎の言っていた『天使の塵』って??」僕は皆の無事な姿を見ると、次々に気絶する直前の物事を思い出した。 「銃撃を誰が行ったのかわかってないし、神崎さんの持ってきたデータにしても、車ごと爆発したから何もわからないんだって・・・」瑞樹が僕の額を撫でながら言う。 「ちょっと、どいてよ!」ソフィアが瑞樹を睨み付けながら、彼女の手を僕の額から払いよける。 「な、なーに?別にいいじゃない!?」瑞樹もあからさまにソフィアを睨み付ける。 「英彦、よかったよな。大きな怪我がなくて」アイシャが睨み合っいる二人をよそに、僕の額にそっとキスをした。 「はっ!」喧嘩をしていた二人は、そんなアイシャの行動を見てこちらに振り向く。 「な、何やってるのよぉ!アイシャ!」ソフィアが不満そうに頬を膨らませる。 「そうですよ!アイシャさん!」瑞樹もアイシャの方を睨み付ける。 「べ、別にいいだろ?たかがキスぐらい?」アイシャがおどおどしながら二人に答えるが、二人はその言葉を聞いてさらにアイシャににじり寄っていった。 「あ、あのさ。ここは病院だから、ね?」僕は肩身の狭い思いをしながら、蒲団の中に顔を埋めた。  それにしても、『天使の塵』とはいったい何なのだろうか?散布されてから結構な日数が経つが、何も変わった事は起きていない。それとも、これから起きるのだろうか。僕はそんな事を考えつつ、早くこの場から去りたいと切に願った。