「ど、どうしたの?なんか、変なことを言った?」僕は焦った。自分が、何か余計なことを言ったのではないかと不安になった。

「ミズホ・・・。なぜだろう。とても、懐かしい感じがする。今、初めて聞いたはずなのに、それが本当の私の名のような気がする。なぜだろう・・・」彼女は、ボーッと僕の方を見ながら言った。

「へえ・・・。どうしてかな。不思議だね・・・。どうする、別の名前を考えようか?」「ううん!ミズホでいいよっ!最高の名前だよ!ありがとうっ!!」彼女はそう言うと、突然、僕に抱きついてきた。

「な・・・!」僕は、ミズホの大胆な行動に驚いた。顔が赤くなるのが分かる。

「みずほ、かあ。いいおなまえでよかったね、おねえちゃん」じゅりあは、僕たちの方を見てニコニコ笑っている。

 ミズホは、僕からゆっくりと離れると、潤んだ瞳で僕を見つめた。

「ちょっと、はしゃぎすぎちゃった。ごめんね。でも、とっても嬉しいよ。何故か、これで私が私に、やっとなれそうな気がする」

「いやいや、ここまで喜んでもらえたなんて、こっちも嬉しくなっちゃったよ」

 僕は、ふいにミズホのサラサラしている髪を撫でた。一瞬、彼女は驚いた表情をしたがすぐに微笑むと、髪を撫でている僕の手を優しく掴んだ。

「あっ、ごめん。あまりにも奇麗な髪だったから・・・」

「私の髪、好き?だったら、もっと触ってもいいよ」

「あ、もちろん・・・」(好きなのは、髪だけじゃないよ)と言いかけた途端、

「おとりこみちゅう、ごめんなさいなんですけど、はやくたねをまいちゃいません?」と、じゅりあがニコニコしながら言った。

 僕とミズホは、その言葉で我に返り、二人とも耳まで真っ赤にした。

 それから数十分で、全ての種に土を被せ終えた。もう、太陽は遥か西の方に、少しだけ顔を出している状態だ。宵の明星が見える。

「さて、もう種は蒔き終わったかな。しっかし全部、同じ花の種だったね。これ朝顔だよね、多分。うーん、他のやつは無かったのかい?」僕は両肩を回しながら、背伸びをした。肩がポキポキ鳴る。

「そうね。他の花とかも植えてみたいなあ」ミズホは、ドロドロに汚れたじゅりあ顔を、ハンカチで拭っている。

「ほかのはな?うーん、うえてみたいねえ。でも、たぶんないよー。きょうの、あさがおさんだって、さがすのにくろうしたんだから」じゅりあは、ミズホが顔を拭うのを避けようとしながら言った。

「そうだよな、今の東京じゃ。ごめんごめん。じゃあ、今度、僕が他の花を探しくるよ。そしたら、植えてみよう。きっと、奇麗だぞ」

「わー、たのしみっ」じゅりあは、そう言いながら飛び跳ね続けた。おまけに、なにやら鼻歌まで歌っている。

 僕とミズホは、そんなじゅりあの姿を見ながら、地面に腰を降ろした。その途端に、ミズホは僕の肩に頭を寄り掛けてくる。彼女の髪の香りが、僕の鼻腔をくすぐった。

「ねえ、なんだか、あなたとは初めて出会った気がしないの。ずっと昔に出会った様な気がする。でも、それは変だよね。だって、私は生まれてから半年しか経っていないんだもん。それなのに、ずっと昔からの知り合いに様な気がする。」

 ミズホが、ゆっくりと僕の方へ顔を向ける。その瞳の色は、周りの光を全て吸収してしまったのではないか、と思えるほど深みがあった。

「そうか・・・。実は、僕も同じ様な気がするんだ。初めて出会った気がしない。何と言えば良いのか・・・」

「じゃあ、もしかしたら。ずっと、ずーっと昔に出会っていたのかも知れないね。でも、本当に今日は、あなたと出会えて良かった。さっきも言ったけど、ここまで私のことを人間として扱ってくれたのは、あなたが初めてよ」

 僕は、先ほどの様にミズホの髪を触った。ミズホは目を細めて微笑む。

「ねえ、さっきの話しだけど、もし他の花が手に入ったとして、ちゃんと育つかなあ?」

 ミズホはそう言いながら、さらに身体を傾け、僕にすりよってくる。

「そうだな。正直言って、育たない可能性のほうが高いだろう。でもな、『どうせ育たないから』って思って、誰も植えなかったら、一生花なんて見ることが出来ないよ。取り合えずは、やってみなくちゃ」僕は、ミズホの肩に手を掛け、抱き寄せた。自分が何故、ここまで大胆な行動が出来たのかは分からないが、ミズホは嫌がってない。むしろ、幸せそうな笑みを浮かべている。久しぶりだな、ここまで心が安らいだのは。つい先日まで、世界は狂気に包まれていて、心を休める機会が無かったから。

「じゃあさ、もうどうせこの畑なんか誰も使わないんだから、いっそのこと畑全部に花を植えようよ。そして、この畑が花で一杯になったら、こんどは勝手に外の地面にも植えちゃうの。そしてそれもうまくいったら、どんどん植え続けて、この大地を花でうめつくそうよ。そしたら、動物も帰って来るし、鳥や虫も帰ってくるよね」

 ミズホは上体を起こすと、真面目な顔で僕を見つめる。

「ああ、そうだな。そうしよう。この大地が花で埋れば、その時こそ、本当の幸せを感じることが出来るんだろうな。よしっ!じゃあ、やってみようか。この大地を花で埋めよう」

「うんっ!」

 それからしばらく、僕らは話すのを止めた。そうすると、やけに風の音がするのに気付いた。風の音。こればかりは、人間がどんなに自然を痛めつけようとも、地球が存在する限り永遠に聞こえる。

 横を見ると、いつのまにかじゅりあが座り込み、まどろんでいる。ミズホは、そんな彼女を見て微笑むと、自分の上着をかけてやった。

「そうだ、まだあなたの名前を聞いてなかったね」ミズホは、その端正な顔を僕の肩に押し付けると、そう言った。

「あ、僕の名前?ヒロユキ、相田 ヒロユキ って言うんだ」

 それから、僕は毎日ミズホに会いに行った。何も用が無くても、僕は孤児院を訪れた。ミズホはもちろんのこと、そこに住むシスターや子供たちも僕を歓迎してくれた。特に今まで孤児院には男性がいなかったので、そこに住む男の子たちが「キャッチボールをしよう」だの、「コンピュータ端末の使い方を教えてくれ」だの、うるさく僕につきまとわった。そんな様子を、ミズホとシスターは微笑んで見ていた。

 そして、そうこうするうちに3週間がすぎ、滞在許可証の期限切れが迫ってきた。もちろん再度申請を行い、すぐにでも東京に帰って来るつもりだったが、取り合えず僕は皆に別れを告げることにした。

 まず最初に、僕は鈴木の家を訪ねた。

「よお、もうそろそろ許可証の期限だから、いったん帰るわ」僕は、鈴木の部屋の椅子に座った。

「そうか?まあ、そればかりは仕方が無いからなあ。にしても、お前。東京に住むつもりか?」鈴木は、コーヒーメーカーからコーヒーを取りだし、マグカップへと注いだ。

「なんで?」

「いや、そんな気がしたんだ。だって、今回も期限ギリギリまでいるし、また来るんだろ?」鈴木は、僕にコーヒーをなみなみと注いだマグカップを手渡した。僕は、それを受け取ると、口元へと運んだ。うん、インスタントと違ってうまい。香りが違う。

「俺、知ってるよ。東京で彼女が出来たんだろ?名前は、確か・・・ミズホちゃんだっけ?つい最近、引っ越して来たみたいだけど、すごく可愛いって仲間内で評判なんだぜ」

 鈴木は、ニヤニヤしながら僕を見つめる。

「ブーッ!!」僕は、思いきりコーヒーを噴き出してしまった。何故、そんな話しが?

「おいおい。大丈夫か?にしてもやるなあ、お前。高校時代は全く女運が無かったのに」

 鈴木がタオルを手渡してくれた。僕は、それでこぼれたコーヒーを拭き取った。良かった、服は汚れてない。コーヒーのしみは、落ちにくいからな。

「で、なんで、ミズホが俺の彼女なんだよ?」僕は、タオルの汚れた面を内側にして畳んでテーブルの上に置いた。

 そうか、鈴木はミズホがロボットだとは知らないんだな。もっとも、僕は誰にも言っていないし、シスターも言っていないから、当り前か。この秘密を知るのは、ほんの数人だもんな。

「まず、お前、今『ミズホ』って呼び捨てにしたよな。普通、親密な関係じゃなきゃ、そんなことはしないぜ。あと数日前、俺の知り合いが彼女を誘ったんだけど、『私には、好きな人がいますから』って断わったんだ。奴は悔しくて、しばらく物影から彼女の様子を見ていたんだってさ。そしたら、お前が来た。奴に言わせると、お前をみるミズホちゃんの視線は、『恋する乙女』のものだったってよ」

 そう言い終えると、鈴木はガブガブとコーヒーを胃の中に流し込んだ。

「そんな訳ないよ。ただ、そのミズホ・・・ミズホさんを誘った奴って、そんなことをするぐらいの奴だから、嫌われたんじゃないのか?」

「さーな。とにかく、早くミズホちゃんの所へ行ってこいよ」

「分かったよ。コーヒー、ごちそうさん。じゃあ、また来るわ」

 僕はそう言うと、椅子から立ち上がり、鞄を肩に掛けた。

「じゃあな」

 僕は、鈴木に手をブラブラと振りつつ、彼の家を後にした。

「うーん、さっきの話し、本当かなあ?」僕は、そう独り言を言いながら、孤児院へと向かった。まさか、ミズホが僕のことを好きだなんて。だって、彼女はロボットだぞ。それに、僕も彼女への好意はあるが、これは『好き』と言うことなのか?確かに、彼女を見るとドキドキするし、一緒に何処かへ行ってしまいたい気もする。でも、彼女は機械なんだ・・・。

 僕の頭の中では、ミズホに対する数多くの考えが、ぐるぐると巡っていた。すると、突然、男の子の怒鳴る声が聞こえた。それは、孤児院のすぐ傍からだった。

「おまえ、ロボットなんだろ!戦争に加わったんだろ!人間を殺したんだろ!おれの、父ちゃんと母ちゃんを返せよおお!!!」

 そう少年は叫んでいた。そして、その怒りの矛先は、サラサラした黒髪のショートカットの少女に向けられていた。

「おい!何してるんだ!ミズホ、大丈夫か!?」僕は、少年とミズホの間に割り込む形で、身体を入れた。

「どいてくれよ!」少年は、なおも叫んだ。彼は、この孤児院に住む少年だった。

「おい、どうしたんだ?何を言っているんだ?」僕は、その少年を落ち着かせようと、声を和らげた。

「おれ、聞いたんだよ。そいつがロボットで、この前の戦争で人を殺したって!そいつらに、おれの父ちゃん、母ちゃんは殺されたんだ!」

 僕の顔面は蒼白になった。ミズホがロボットってことが、何で知られたんだ?それよりも、本当にミズホは殺人者なのか?彼女が民間人を殺したって言うのか!?

「い、いい加減にしろっ!何処の誰から、吹き込まれたか知らないが、ミズホは関係無いだろう!?確かに、お前の両親が死んだのは、かわいそうに思う。だからって、ミズホを責めるな!彼女は、お前に優しくしてくれただろう!」僕は、真実が分かるのを遠ざけようと、その少年に怒鳴った。

「うるせえ!!」少年は、手に石を持ち、ミズホ目がけて投げつけた。彼女の額に、石があたる。彼女は、それを避けようともしなかったのだ。

「大丈夫か!?ミズ、ホ・・・!」

 僕は、彼女の傍に近寄ると驚愕した。彼女の額から流れる血は、真っ白だった。僕は、その様子を見て目を伏せた。見てはいけないものを見てしまった気がする・・・。

「ほら、見ての通り、私は人間ではない。ただの殺人兵器。私は、この前の戦争で多くの人間を殺したわ。そう、命令でね。そこのあなた、私が憎い?なら、石で撃ち殺して。さあ、早く!!その方が、私は救われる・・・」

 ミズホは、ボーッと少年を見つめた。少年は、両足をガクガク震わせながら、大きく怒鳴った。

「くそっ!俺は許さないからな!絶対に、絶対に許さないからな!」

 少年は、両目に涙を浮かべ走り去った。

 僕とミズホは、呆然と立ち尽くした。まだ、彼女の額からは、血が流れ続けている。僕は我に返り、ミズホに近づくとハンカチを彼女の額に近づけた。

「やめてっ!近寄らないでっ!私の血に触れたら、あなたも汚れてしまう。そう、やはり私は機械でしかない!兵器でしかないのよっ!!私に近づいたら、あなたは不幸になってしまう・・・今まで、ありがとう。私、楽しかった。でも、もう会えない・・・。だって、あなたのことが・・・」そう言うと、ミズホは地面に崩れ落ちた。

 僕も、ミズホの隣に腰を降ろした。穏やかな風が僕らをくすぐり、かなり西に傾いた太陽が紅い光で、僕らを優しく照らしている。

 僕は、ミズホの方に顔を向けることが出来なかった。色々な想いが、僕の心の中を駆け巡る。彼女が、ロボットだと言うことは知っていた。そして、僕に好意を寄せていることも。しかし、僕は敢えてそれを避けてきた。そのことを口にした途端、意識した途端に彼女が遠く離れてしまう、そう考えたからだ。

 だけど僕にも、彼女への耐え難い想いがあった。僕は、彼女を見たその瞬間から、彼女に好意を抱き始めた。その想いは、日を重ねるにつれ、僕の心を支配して行った。はじめは恐怖を覚えた。しかし、彼女の声を聞き、彼女の瞳を見つめ、彼女の香りを感じる度にそんなことはどうでも良くなった。やはり、僕は彼女を愛しているのかもしれない。多分、彼女にこの想いを伝えた瞬間から、僕の苦悩は更に深まるだろう。だが、今話さなければ、もう機会は無い。

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