ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・
一人でブランコを漕ぐ少年の影法師が、わずかに草の生えた大地に長くのびる。
「あれ、あのこ何してるんだ?」少年は人影が少なくなりつつある公園の砂場で、ただ一人、遊び続けている少女を発見した。
『ほら、さやかちゃん。お家に帰りますよ』
『は〜い!』
もう日は沈み始めていて、公園で遊んでいた子どもたちを、その親たちが迎えに来ていた。そんな中、その少女はずっと一人で懸命に砂の山を作り続けている。少年はそんな彼女の姿が気になり、ブランコから飛び下りると彼女のもとへ駆け寄った。
「ねえ、何で一人であそんでるの?おかあさんは、まだむかえにこないの?」少年は少女の姿をじっくりと見つめた。彼女は肩ぐらいまでのショートカットをしており、その髪の毛はくせを帯びていて毛先が元気に跳ね上がっている。
「うん。だって、おかあさんなんて、いないもん」少女は若干ぎこちない口調で少年に答えた。彼女から見た少年の姿は、夕日による逆光で、どことなく懐かしく、そして不思議に見えた。
「そっか、わるいこと聞いちゃった。で、この山にトンネルをほるの?」少年は、まだ自分の母親がむかえに来ていない事を確認すると、少女の前にしゃがみ込んだ。
「うん。でも、何でわたしなんかにかまうの?ほかのみんなは、わたしのことがきらいなのに」少女は何となく怯えた顔で少年の方を見た。
「なんで?なんで、きらわれてるの?」少年は不思議そうな顔をした。何故なら、その少女には嫌われる様な所なんて微塵もないと思えたからだ。背が若干低いが、性格は悪そうに見えないし顔立も人なつこそうで可愛い。ただ唯一気になるのは、表情が若干乏しい事だけだ。
「わたしが、にほんじんじゃないからだって」少女は興味がなさそうに答えた。
「ふーん、そうなんだ。にほんごうまいねえ。でも、何でそんなことできらわれるの?僕にはよくわからないや」少年も少女が日本人でない事など、全く興味がないらしい。
「あのさ、トンネルほり手伝っていい?」少年は砂場の砂を手ですくいながら訊ねた。
「うん。いいよべつに」少女はそう言うと、自分の隣に少年を招く。
長く長くのびる影法師は、今度は二つに増えていた。そして、その影法師たちは楽しそうに寄り添いあっていた。
「ほら、こうしてちゃんと山をかためたから、トンネルがうまくほれたんだよ?」少年はどろどろになった手で顔を拭った。
「あ、だめだよ。顔にどろがついちゃった。ふいてあげる」わずか小一時間一緒に遊んだだけで、二人は仲良しになっていた。
「あ、ハンカチよごれちゃうよ」少年は少女が差し出したハンカチを受け取ろうとしない。
「え?なんで?ぐすっぐすっ・・・」少年に拒まれた少女の顔は、みるみるうちに泣き顔へと変化していった。
「うわ!なんで泣くんだよう!ほら、ほら、ふいていいから」少年は泣いている少女の前に顔を突き出した。
「うん!」少女はにっこりと笑うと、少年の顔を丁寧に拭いた。
そんな時、遠くで少年の母の声がした。
「ほら、彦ちゃん。もう、帰りましょう」
「はーい」少年は返事をすると、少女のもとを離れようと身体の向きを変えた。
しかし、少女はしっかりと少年のシャツを掴んでいる。
「また、あしたもあえる?ひこちゃん」
「うん。じゃあ、あしたは、もっとおおきなトンネルをほろうよ!」少年が微笑みながら少女の手を握ると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「やくそくだよ!わたし、まってるから!」
少女の声を遠くに聞きながら、少年は母のもとに走り寄った。そして、また影法師は一つになってしまった。
*
僕は大きな荷物を抱えながら、汗だくで自宅マンションの階段を昇っていた。全く今日はついていない。こんなくそ暑い日にエレベータが点検中だとは。
「はあ、はあ・・・」僕の口からは辛そうなため息が漏れている。ため息を出している本人でさえ、気の毒になるほどだ。
(くっそー、何でこんなにお土産なんか買ったんだよ!)僕は自分の行為に腹を立て始めていた。
今日は久しぶりに大学へ行ったので、帰りにアイシャとソフィアへのお土産を買ってしまったのだった。
(まあ、ほんの少し前まで、自分の家に帰るのにお土産を買う事なんてなかったからなあ)僕は今の状況に腹を立てつつも、何故だか例えようもないほどの嬉しさを感じていた。
何とか僕は自宅のある階までたどり着くと、朦朧とする意識の中、廊下をゾンビの様に歩き続けた。
ピンポーン
「おおーい。帰ってきたよう!早く開けてくれ!」僕は自宅のチャイムを押すと、ドアの鍵が開くのをじっと待った。
「ああ!今開けるよ!」
ガチャガチャ、カタン
「ただいま〜アイシャ〜。外は暑くて暑くて死にそうだった。ほれ」僕はアイシャに汗で重くなったTシャツを見せた。
「うわっ!早くシャワーを浴びてこいよ。ほら、着替えとタオルはソフィアが用意していたみたいだから」アイシャはそう言うと、僕を部屋の中に入れドアを閉めた。
「ソフィアは気がきくなあ〜。で、ソフィアはどこ?」僕はぐったりとしながら靴を脱ぐと、ソフィアの姿を探した。
「あ、あいつは向こうのエアコンがある部屋で涼しんでるよ」アイシャはそう言うと、キッチンの方へ行ってしまった。
「ソフィア〜。ただいま〜」僕はアイシャを一瞥すると、エアコンのあるリビングへと向かった。
「あ、英彦さん。お帰りなさい。うわっ!凄い汗ですね。まあまあ、こっちで涼しんでください」ソフィアはエアコンの前でちょこんと座りながら、ソーダ味のアイスキャンディーをペロペロと舐めている最中だった。
「いいな〜、そのアイス」僕はもの欲しそうに、ソフィアのアイスキャンディーを見つめた。
「食べかけだけど、いります?なんちゃって」ソフィアはそう言うと、僕の目の前にアイスキャンディーを差し出した。
僕はその仕種に、何故か胸を高鳴らせてしまった。
「ばあか、英彦が腹を壊すよ、お前の食いかけなんか食ったら。ほら英彦、お前の分も持ってきたぞ」アイシャが微笑みながら、手に持っている二つのコーラ味のアイスキャンディーのうち、片方を僕に差し出した。
「あ、ありがとう」僕は素直にそのアイスキャンディーを受け取ると、袋を開けて舐め始めた。
「な、何言ってんのよ!アイシャ!何でお腹を壊すのよう!」ソフィアはアイスキャンディーをガリガリかじりながら、アイシャに文句を言っている。
「うるさいなー」アイシャは面倒臭そうにソフィアの相手をすると、自分もコーラ味のアイスキャンディーを舐め始めた。
「まあまあ。にしても、これコーラ味って言うよりもサ◯ポールの匂いがするよな〜」僕はソフィアとアイシャをなだめながら、ふと薬品臭いアイスキャンディーに対してそんな事を言ってしまった。
「ぶはっ!た、確かに、そうかもな・・・!」アイシャが一瞬吹き出す。
「うわ〜、じゃあ、二人でサン◯ール味のアイスを舐めてるんだ〜」ソフィアが目を細めてアイシャと僕を見る。
「そ、そんな亊言ってると、お土産あげないぞ!」僕は、凄まじい努力をして持ってきた包みをソフィアに見せた。
「え?お土産ですか!?いります、いります〜!」ソフィアは満面に笑顔を浮かべると、僕にすり寄ってきた。
「え〜英彦ぉ〜。ソフィアだけなんてずるいぞ〜」アイシャは淋しそうな顔をしながら僕に近寄ってきて、僕のTシャツを引っ張っている。
「もちろんアイシャにもあるよ。ほら」僕はもう一つの包みをアイシャに見せた。
「やった!」アイシャも満面に笑顔を浮かべると、僕にすり寄ってきた。
「ほら、じゃあこっちがソフィアので、こっちがアイシャのだ。二人とも開けてみな」
僕が二人に包みを渡すと、二人とも幼い子どもの様に嬉々として包みを開けた。
「やった〜!『おしゃべりコダック』だ〜!」
「おお!古着のジーンズだ!」
ソフィアは嬉しそうにぬいぐるみを抱き締め、アイシャはジーンズを足にあてている。
「英彦さん、ありがとう!」
「ありがとう!英彦!」二人は嬉しそうに僕を見つめた。
「早速、スイッチ入れよう!」ソフィアはそう言うと、ぬいぐるみの電源スイッチを入れた。
「グワッ?」電源を入れられたぬいぐるみが、振動しながら喋り出した。
「うわ!かっわいい〜」ソフィアは嬉しそうにぬいぐるみを抱き締める。
そんな様子を見て、アイシャはふとこんな事を言った。
「なんか、ソフィアのお土産って高そうじゃないか?」
それを受けてソフィアもこんな事を言った。
「アイシャのお土産の方が、かっこいい」
そして、次の瞬間、二人ともじーっと僕の顔を穴が開くほど見つめ始めた。僕はその視線に恐ろしいほどの威圧感を感じた。
「な、なんだよ。だったら、お土産を交換してみろよ!」僕は二人のそんな態度に半ば呆れつつ、そう提案した。
「おっし!じゃあ、ソフィア。そのぬいぐるみを貸せ」
「じゃあ、アイシャもそのジーンズ貸してよ!」
二人はそそくさとお互いの手に持っている土産を交換すると、まじまじとそれらを見つめた。何だか二人が幼い子どもに見えて、僕は笑い出しそうになってしまった。
「さあ、コダック!私と遊ぼう!」アイシャがそう言って、ぬいぐるみのお腹を押しているが、その姿はとっても滑稽だった。
「ぶははは!アイシャやめろよ!似合わない」僕はそんなアイシャの姿を見て笑い転げた。
「うっわー。コダックがちっちゃく見える」ソフィアも隣でアイシャを見て笑っている。
「じゃあ、お前はどうなんだよ!」アイシャは顔を真っ赤にすると、ソフィアに向かって大声で言った。その真っ赤な顔がとても可愛らしい。
「ジーンズだもん。おかしくないよ・・・あれ??」ソフィアはジーンズを自分の足に当てると首を傾げた。
「うわ!お前、足短いな−。20センチぐらい余ってるぞ、裾が」アイシャが床を転げ回りながら大声で笑う。
「ぐ、ぐさっ!し、しかたないでしょー、身長が違うんだから!」ソフィアは若干顔を青ざめさせながら、アイシャに文句を言った。
「な、だから、僕は二人にあったお土産を買ってきた訳だ。文句を言わずに、貰っておいてよ」僕がそう言いながら二人の頭を撫でると、二人は納得したのかこくんと頷いた。
「ところで、アイシャにソフィア。今日はエイダと新しいサポートメンバーが、うちに来るんだろ?準備はいいのかい?」
今日は、明日の任務で一緒に行動するサポートメンバーと、顔合わせをする予定があった。新しいサポートメンバーは二人おり、一人は前回世話になったエイダで、もう一人は初めて会う人だ。まだ名前も姿も分からないが、アイシャの話によると日本人の女性で、僕みたいな予備隊員らしい。
「あ、そうだ、そうだったな!」アイシャは思い出したかの様に手を打つと、早速リビングの方へ向かった。
「じゃあ、わたしたちが準備をしますから、英彦さんはシャワーを浴びてきて下さいね。あ、あと、コダックありがとう。大事にします!」
ソフィアはそう言うと僕に顔を近付けてきたが、突然恥ずかしそうに顔を赤らめると、小走りでリビングへと向かってしまった。
*
『先週、突如起こった集団自殺の数々について、今夜は専門家をお呼びして検証を行いたいと・・・』
ちょっと早めの夕食を済ませた後、僕たちはテレビの報道特集を何気なく見ていた。
「あ、これ、この前起こった集団自殺のやつですね」ソフィアはデザートのプラムを頬張りながら、リモコンでテレビの音量を上げた。
「そうそう。突然、北関東のどこかで集団自殺が異常なほど起きたってやつだよ」僕もソフィアと同様、いい具合に冷えたプラムを頬張る。
「何で、こんな事件が起きたんだろうな?」引き続きアイシャもプラムを頬張った。
『・・・ですから、自殺と言うものは起きてから、それに関する情報がショッキングな形で伝達されると、一種の集団ヒステリーを起こし・・・』テレビでは心理学者が、穏やかな口調で集団自殺について解説をしている。
「だけど、そんなに同時に色んな所で集団ヒステリーって起こるのかなあ?」ソフィアが布巾で手を拭いつつ、僕に訊ねてきた。
「んー、分かんないな。でも、アメリカじゃ集団自殺を『伝染病』と同じ様に扱うぐらいだから」
「え?そうなのか?」アイシャは二つめのプラムに手を伸ばしながら、僕の顔を覗き込んだ。その表情は、意外な事を聞いた時の様に目が見開かれている。
「そうだよ。この前、本で読んだ」
と、僕が返事をした時に玄関の方で物音がした。
ピンポ〜ン
「あ、はーい!」ソフィアは返事をすると、玄関の方へ向かおうと歩き出す。
「ソフィア、僕が出るよ!」僕はソフィアが玄関に向かった事に焦りを感じていた。もし、大学の友人や実家の家族が来たのだったら、僕はこの状況をどうやって説明すればいい?女性二人と同棲しているなんて知れた日には、よからぬ噂が恐ろしいほどの速さで増殖するだろう。
しかしソフィアは、そんな僕の気持ちを理解するはずもなく、プラムをくわえたまま行ってしまった。
「あ、エイダ!さあ、あがってあがって。狭い家だけど」
玄関のドアを開けたソフィアが、そんな勝手な事を言っていると、人が入ってくる物音が聞こえてきた。
「おじゃまします」「おじゃましま〜す」
玄関の方からは二人の女性の声が聞こえた。多分、最初に聞こえたのがエイダの声で、二番目に聞こえたのが新しいサポートメンバーの声だろう。
(あれれ?何だか二番目の人の声、聞いた事あるなあ???)初めて会う人なのだから、絶対にそんな事はないはずだが、僕の耳には二番目の声が懐かしく感じられた。
「こんばんは」「こんばんわ」
軽くおじぎをしながら、二人の女性が部屋に入ってくる。エスニックプリントのスカートにブラウスの女性がエイダで、その後ろにいるワンピースの上にシースルーの上着を着ている女性が・・・
「中津君!ひっさしぶり〜。もう、四年ぶりぐらい?高校卒業以来、会ってないもんね〜。中津君、同窓会に来ないんだもん」エイダの後ろにいたワンピース姿の女性が、親し気に僕に話し掛けてきた。僕はこの女性を知っていた。
「あ、あああ?あ〜!あ、朝比奈さん!な、なな、なっな、何で?」僕はあまりにものショックで、呆然としてしまった。ショックのあまり、目の焦点が全く合わなくなっているのだろう。僕の視界は急にぼやけた。
なんと、目の前にいた新しい隊員とは、高校時代の同級生の女性だったのだ!
「お〜い!中津君!旧い友人に再開したのに、それはないんじゃないの?」ワンピース姿の女性が、僕の目の前で手をひらひらと振る。そして彼女の長い髪の毛は、高校時代よりも更に輝きを増しており、手を振る度に綺麗に風にそよいだ。
「な、なな、なっな、何?ひ、英彦さん、誰ですこの人?」隣でソフィアが驚いた表情を浮かべ、心配そうに僕のTシャツを引っ張っる。そして、ソフィアの口からはプラムがゆっくりと床へ落ちた。