The Angel in Blue Sky


 「私、人殺しなんか出来ない」

 こんな当り前の事を言った為に、彼女は処分されることになった。

 20世紀末、局地戦闘用航空機は目覚ましい進歩をとげ、もはや人には乗りこなせなくなっていた。あまりにもGがかかりすぎるのである。

 当初、自衛隊他、各国の軍隊は航空機の電波による遠隔操縦を試みた。しかし、結果はと言うと敵国のジャミングにより、ほとんど使い物にならなかった。それから重力波による制御も考案したが、あまりにもアンテナが巨大になるので実現は不可能に近かった。

 そして21世紀に入り、自衛隊と米軍が画期的な制御法を考案したのだった。人工知能による自律飛行である。しかし、これにもまた欠点があった。ノイマン型コンピュータでは推論、連想において、多大な計算時間がかかってしまうのである。

 そこで、2025年に第7世代バイオコンピュータ、しかも生体脳限定使用の装置を使った、何にでも使える人型の汎用兵器の開発に着手する事となったのである。8年後、まだ完成したばかりの理論を応用してなんとかプロトタイプを作り上げた。

 その生体ロボット、バイオノイドは開発コードネームから「メカニック・エンジェル」と呼ばれた。

 僕と彼女は、暗闇を選びながら夜の旧市街を走っていた。研究所から逃げ出して、もう二日がたつ。もちろんほとんど寝ていないし、食事もしていない。僕の体力は限界だった。

「なあ、少し休もう。このままのペースで走り続けたら死んでしまうよ」僕はとぎれとぎれの声で言った。

「中山さんの自宅まであと1・5236キロメートルです。もう少しですから、頑張りましょ」彼女は疲れを微塵とも感じさせないような声で言った。

 彼女にそう促されて、僕はふらふらの足に何とか言うことを聞かせ、再び闇の中を走りだした。

 振り返れば、彼女と出会ったのは今年の7月。まだ半年もたっていないのに、僕は彼女に好意に値する感情を抱いている。愛してしまっているのかもしれない。彼女は機械なのに。

 2033年7月、今年は珍しく気温が30度を超えた。1999年以来、隕石衝突による気候変化により夏に30度を超したのは2、3回しかなかった。

 あの日、僕は防衛庁の「航空電子研究所 サイバネティックス研究室」に向かっていた。大学の研究室からヘッドハンティングされたのだ。

 その研究所は入間基地にあり、僕の任務は人工知能の保守と教育だった。人工知能は教育しないと使い物にならないのだ。

「やあ、久しぶりだね。相田君。何年振りかな」

 目の前にいる初老の男は、僕の知り合いだった。かつての隣人であり、そして恩師である人物だった。

「5年ぶりです。森里先生」

 僕は、その後どうやって話を切り出してよいか分からず、黙りこくってしまった。何故なら、以前彼がとてつもない悲しみに出会ったのを知っているからだ。

 森里は、僕が黙ってしまった理由が分かったようで、笑みを浮かべて僕に言った。

「もう私も、ふっ切れたよ。いつまでも悲しんでいては、妻も娘も浮かばれまい」と森里は僕を思いやるように見つめた。

 6年前の事だった。森里の妻とその娘、ミフユは彼女の父を迎えに車で大学の研究室に向かった。当時、大学教授をしていた森里の家と大学はそんなに離れていなかったが、その日はミフユの誕生日で家族一緒に食事をする予定だった為、車で迎えに来てもらったのだ。僕はその時大学4年生で、彼の研究室で卒論に取り組んでいた。彼等とは家が隣どうしだったので、以前から家族ぐるみでつきあっていた。ミフユはたしか僕より一つ年下だったと思う。

 あの日、僕はミフユが誕生日を迎えたのを知っていたので、安物の指輪をプレゼントした。彼女にはその指輪がただの誕生日プレゼント以上に感じられたようで、とても喜んでいた。

「ナオトくん。ありがとう!!大切にするね!私、お返しを用意していなかったから、この十字架のネックレスあげる!」と彼女は自分のしていたネックレスを僕に差し出した。

「待ってよ!これ、ミフユちゃんが大切にしていたものじゃないか。なんでも、亡くなったおばあさんの形見なんだろ。受け取れないよ」僕はミフユが僕の首にかけようとしていたネックレスを返そうとした。

「ううん。いいの。持ってて、お願い。私の代わりと思って大切にしてね」 彼女は、僕の首にそれをかけると、そっとキスをした。頬にではあったが。

 でも、まさかあれが、永遠の別れになるとは思ってもみなかった。僕と別れてから3時間後、彼女らを乗せた車は事故を起こしたのだ。森里は食事の後、大学に忘れた資料を取りに行き難を逃れたが、ミフユと彼女の母は二人とも即死だった。警察の発表によると事故の原因は、スピードの出し過ぎによるハンドル操作のミスとの事だった。しかし、いつも馬鹿なぐらい真面目に法定速度を厳守したミフユが、何故あの日に限って、一般道で150キロも出したのだろうか。

 森里教授は数週間後、大学をやめて防衛庁の研究所に入り、引っ越して行った。

 僕は今でもミフユの最後の言葉の通りに、あのネックレスをミフユだと思って大切にしている。

「では、先生。僕の任務はどう言ったものなのでしょうか」僕は沈黙を破るため、あえて仕事の話をした。

「聞いてなかったのかい。君の仕事は人工知能の保守と教育さ。君が、以前から人工知能教育に関して面白い論文を発表しているのは知っているよ。まあ、だから私はこのプロジェクトに君を推薦したのだがね」

「ですから、そのプロジェクトって、いったい・・・」僕は、再び尋ねた。

「生体脳を限定使用した汎用兵器の開発さ。主に航空機の操縦に使用する。コードネームは『メカニック・エンジェル』と言う」

 僕はまだ、彼が何を言っているのか分からず、ぽかんとしていた。

「まあいい。一目見れば分かるだろう。いま、飛行訓練をしているから見に行こう」森里はそう言って僕を研究室の外に連れ出した。

 僕と森里はジープに乗り込んだ。ジープは、なかなか景色の変わらない基地の中を進んだ。僕は何を話してよいか分からずに黙っていた。 しばらくすると、僕は沈黙に耐え切れなくなって森里に話しかけた。

「たしか、入間基地には鉄道が横切っているんですよね」

「よく知っているね。私なんか、ここに来て初めて知ったから驚いたよ」

 彼は僕を横目に見ながら資料に目を通して、そう言った。

「いえ、以前、航空祭で来たことがありますから」

「そうだったな。君は戦闘機マニアだったものな。学生の時から」

 僕が、その事に関して話をしようとしたら、

「もう滑走路に着くぞ。もうすぐ、着陸体制にはいるはずだ」と森里は言い、それからしばらくしてジープは滑走路の横(と言っても随分離れているが)に着いた。

「まだですかねえ」

 僕は双眼鏡を覗きながら、なかなか見えてこない航空機に対して苛立ちを覚えていた。

「もうすぐだよ。もうすぐ・・・。あっ見えてきたぞ」

 一機の灰色の巨大な物体が爆音と共に近づいてきた。だんだんとそれが近づいてくるにしたがって、僕は奇妙な感覚を覚えた。

「あれは・・・F/A18か?いや、違うFSXみたいだな。それも改造を施してある。なんで、入間にあるんだ?」

 僕は何故、戦闘部隊の無いこの基地に戦闘機があるのか、全く分からずに考えこんだ。

「あれが、このプロジェクトの成果だよ。と言っても、あの航空機だけでなくパイロットもだがね」

「さあ、エプロンに行ってみよう」

 僕は森里に連れられてエプロンに行った。

 そこに着くと、戦闘機はエンジンを停止状態に移行しつつあり、パイロットが降りるところだった。

 僕は、その機械仕掛けのパイロットがいるあたりを見つめた。どんな格好をしているのだろうか。多分、頑健な感じのメカなのだろう。

 しかし、キャノピーの中に何やら液体が詰まっていたので、何処にいるのか全く分からなかった。

 (液体?何の液体だろうか?)僕は首をかしげた。

「先生、あの液体は何ですか?」僕は尋ねた。

「あれかい?あれは、LCLだよ。一種の酸素溶液で、あの中では呼吸が出来る」

「そうですか・・・」僕はこれ以上聞くのをやめた。生命化学は僕の専門外だ。

「LCL、排出開始!終了後、第1次接続から順に解除!」

 オペレーターの声がスピーカーから聞こえる。

「システム、オールグリーン。コネクト解除成功!作業終了!」

 そうオペレーターが言ったとたん、キャノピーが開き始めた。

 プシューッ

 気密性のキャノピーが開き、中から一人の人間が現われた。身体の線から言って、女性だと思う。ピチっとした、変わったフライトスーツを着ている。

 (オペレーターかな?)僕はそう思い、パイロットであるメカを探し続けた。

「何をしているのかね。相田君。君の担当する人工知能はここにあるよ。」

 彼は笑いながらそう言うと、そのフライトスーツを来た身長160センチぐらいの女の子を指差した。髪は品の良いショートカットで、身体の線は細かった。とても、パイロットには見えないし、ましてや機械になんか絶対に見えない。ただし、奇妙な点が一つあった。表情が無いのだ。

「何、冗談を言っているのですか。ははっ、先生。まさかアンドロイドでも作りましたか?純国産の」

 僕は、森里の言っていることが信じられず、そう切り返した。

「冗談ではないよ。我が自衛隊は、ついに生体素子を多用した24時間戦っても疲れない、命令には絶対服従の理想的な兵士を作り上げたのだよ。と言っても、米軍とNATO軍の協力はあったがね」

「えっ、まさかそんなことが・・・」、と僕が否定をしようとした時、森里は間髪を入れずに言った。

「あるのだよ。これも技術の勝利だ。これで戦争が起きても人が死なずにすむ。素晴しいじゃないか」

 僕は目の前のかつての恩師である森里博士を、ただ、ただ見つめた。

「では、あらためて君に紹介しよう。彼女は最新科学の素晴しき成果、汎用人型兵器の『メカニック・エンジェル』の零号機、ミズホだ。自分で考え、判断し、また学習もする。生体脳をはじめ生体素子を多用しているので、人間と区別がつかない。ただ、違うのは感情というものが乏しい、と言うより無い事だけだ」

「さあ、ミズホ、相田君にあいさつなさい」

「はじめまして。相田技官。よろしくお願いします」

 彼女は表情を変えずに、ただ口だけを動かしぼそぼそと言った。

「こっ、こちらこそ。よろしく」と僕はしどろもどろに答えた。何故なら、液体に濡れた彼女の姿が、妙に色っぽかったからだ。

 そしてその姿は、何故か懐かしい感じがした。

「まあまあ。そんなに緊張しないで。これからは君が彼女の世話の大部分をするのだから」と森里は僕の肩を叩きながら言った。

 それから、僕はミズホの教育に熱心に取り組んだ。ある時は、人間らしくふるまう術を身に付けさせるため、一緒に映画を観に行ったり、彼女の衣服を買いに行ったりした。

 そのうちに、そうだな、教育を初めてから2〜3ヵ月後ぐらいだったと思うが、彼女に異変が起きはじめたのだ。

 異変を感じた最初の日は、たしか土曜日で仕事が無かった。僕は、いつもの通り彼女を映画に誘った。もちろん仕事でだ。で、たしかその映画の内容は、地上に舞い降りた天使と平凡な青年が恋に落ち、そしてクリスマスイブに地上での使命を果たした天使が、神様に呼ばれ天界に帰ってしまう、と言う、一見稚拙だがとても悲しい恋愛物だった。

 その異変とは映画を観ているうちに、ミズホが僕に身を寄せてきたのである。僕は不思議に思い、彼女の顔を見た。すると、彼女は大粒の涙を流しながら、泣いていたのだった。

(感情が、生まれつつあるのか?いや、そんなことはない。生体脳を使っているとしても、理論上、有りえないはずだ)

 僕はそう思いつつ、ミズホに話しかけた。

「ミズホ、どうしたんだ。システムのエラーか。それとも回路の故障か」

「いいえ、違うと思います。エラーは出ていないし、自己診断ソフトも異常を認めていません。ただ、何だか胸が締め付けられるような、心が空っぽになるような、そんな感じがします」

 ミズホは涙を拭きながら答えた。僕は、どきっとした。その仕草があまりにも人間的だったからだ。

 僕は、すぐさま外に待機している研究所の所員を呼んで、急いで帰った。

「どこにも異常は見当たらないな。一体、どうしたのだろう。先生はどう思いますか」と、僕は森里に訊ねた。

「わっ、分からん・・・。まさか・・・」

 そう言うと、森里はしきりに額に浮き出た脂汗を拭った。

「先生!どうしたんですかっ。こうなることは予想されてなかったんですかっ。まさか、本当に彼女に感情が生まれつつあるのでは」

 僕には何故森里がここまで怯えるのか、不思議に思えた。

「私にも、分からんよ・・・」、と森里はつぶやき、それ以上話さなかった。

 それからのミズホはますます人間らしくなった。僕が教育をはじめてから3ヵ月後には、泣きもしたし、笑うようにもなった。また、僕の事を相田技官ではなく、ナオトさんと呼ぶようにもなった。

 防衛庁の上層部はこの事に、かなり危機感を抱いていたようだった。僕の方も、ミズホがどんどん人間らしくなっていくのがうれしいと同時に、言葉に表わせない不安を感じていた。

 人は人を創り出してしまったのか、と。

 そして、ある日、事件が起きた。

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