くろねこ小隊の不確定な作戦4:「―優しいシンギュラリティ―」

 肌寒い。いつもならそんなに嬉しくはない、この感覚。だが、久しぶりに感じることのできた肌寒さは、俺にほんの少しのやる気を起こさせた。ようやく、狂った季節が、ほんの少しずつではあるが元に戻ってきているのだ。

 今から二カ月以上前、俺は、いや俺たち人類は耐えがたい事態に遭遇した。あの日、何の前触れもなく、いくつもの核爆弾が俺たちの頭上で反応を起こした。反応の結果生じる、桁違いの熱と光、そして放射線。それらは俺たちの築き上げた文明を塵にした。そう、文字どおりに塵となった。俺は運よく、ある研究所の実験室内に閉じ込められ難を逃れた。そして、俺たちの仲間の何人かも。だけど、多くの仲間が文明とともに塵になった。膨大な消し炭になってしまった。

 だが、人間の底力はすごいものだと、つくづく思う。あの混乱の中、俺は情報軍の上官である文月智恵花中尉と出会い、さらには少しずつ復興作業を開始した軍の仲間と出会った。仲間たちは義体化兵のための教育施設である箱根学校に集い、そして地区の住民たちとともに俺たちの世界を取り戻そうと、ほんの少しずつだが歩み始めている。

 俺たちは懸命に生き延びようとしているだけなのだが、なぜか奇妙な出来事に巻き込まれる。そしてそれらの事件を通して、あの核攻撃の裏側には人工知能や人工知能と敵対する人間たちの姿が見え隠れしていることを知った。今のところ、情報は断片的で結論を出す段階とは言えないが、とにかく人工知能などの高度に発達した機械が原因の一つになっていることは確かなのだろう。もっとも、人工知能があの核攻撃を引き起こしたのか、それともそれに敵対する人間によるものなのかは、これまた良くわからない。とにかく情報が少なすぎる。

 ただ言えるのは、俺たちと仲間のおかげで情報軍のネットワークやコンピュータコンプレックスの機能はだいぶ回復してきている。誰があの核攻撃を引き起こしたのか、その問題もネットワークの復活により少しずつ明らかになっていくのかもしれない。どんなに用意周到に計画を立て、足跡を消しても、情報はネットワークに残ってしまうのだから。

 そう言えば、政府の機能もだいぶ回復してきたらしい。暫定政府が松代の山奥に樹立され、生き残った閣僚や議員、官僚たちが大急ぎで政府や各種機関の復興を行なっている。なんでも一部地域では、市民に向け軍が物資の配給を始めたらしい。それに被害状況も少しずつではあるがわかってきた。日本は大きなダメージを受けたものの壊滅はしていない。確かに核の炎に晒された都市もあるが、そうではない地域もたくさんあるようだ。ただ、なぜか通信衛星の類はすべて使用できなくなっている。地上からの光学観測では、その姿を確認できるのだが、回線が使用できない状況が続いている。そのおかげで、情報軍の通信隊は前時代的な短波通信機を発掘し、各大陸に向けてモールス信号を送っている。その結果、他国の事情もだいぶ分かってきた。どの大陸も大きな被害を受けてはいるが、生き残りはいるらしい。近々、政府は連絡の取れた国へ艦船を派遣するとのことだ。

 しかし、なぜか多くの国では、情報軍以外の軍隊はほぼ全滅状態。そのため華南共和国や共産中国のような情報軍の無い国では、軍自体がほぼ完全に壊滅したと言う。我が国も例外ではなく、とくに陸軍は正常に機能をしてない。そのせいで、本来なら陸軍が行なうはずの被災者向け仮設住宅の建設を情報軍が行なうこととなってしまった。そう、俺や智恵花もプレハブの建設作業を手伝うことになりそうなのだ。この話を聞いたときの智恵花の表情と言ったら。最初は頬を膨らませて顔を真っ赤にして嫌がっていたのに、事実を受け止めるにつれ彼女の瞳は生気を失っていった。智恵花は、驚くほど華奢だ。きっと、土嚢を一つ運ぶだけでも汗だくになるだろう。そう言えば智恵花は、射撃訓練も苦手だと言っていたな…。力が弱すぎて、銃をしっかりと固定できないのだ。

 俺はそんなことを考えつつ、ぼんやりと目の前にいる文月智恵花中尉を眺めた。俺たちは今日の仕事をほぼ終え、仕事場のサーバルームにいる。一日の仕事を終え、旧式の端末の前に座り込み、懸命にキーボードを叩く智恵花。そのディスプレイからは緑色の光が漏れ、彼女のやや広い真っ白な額に反射する。  智恵花が何を熱心にやっているかというと…。仕事に関係するものではなく…

 ゲームだった。

 それもかなり旧式のロールプレイングゲーム。ダンジョンを冒険するゲームなのだが、プレイの度にマップが新しく作り直され、出現するモンスターも異なる。単純なルールなのだが、独特な雰囲気とゲーム性を持ったプログラムで、智恵花のようにどっぷりとハマってしまう者も多い。

 俺は智恵花の細い肩越しに、端末のディスプレイを覗き込んだ。真っ黒な画面に、緑の文字列が表示されている。いや、この文字列は、ゲームの画面だ。主人公は@で、敵であるモンスターは大文字のアルファベットで示されている。思い切り地味な画面だが、智恵花はキーボードを操作し自分の分身である@を縦横無尽に移動させ、そして敵を倒したり魔法をかけたり食料を食べたりしている。その間、智恵花はずっと無言だ。

くろねこ小隊シリーズの第4話です。この話で、あの核攻撃の原因となったものたちが誰なのか、また新たな情報が得られます。世界を壊したのは誰なのか。人工知能なのか、それとも…?